昨日、ブログにも書けない悲しいことがあって(えっ、何でも書いてきたのでは? まさか私にだって書けないことや秘密はゴマンとありますよ)、気分が鬱屈していたが、こういうときに手仕事は助けになる。手仕事? そう、今のところは古本を蘇生させること。で、今回は昔むかし、西文講読の教科書に使ったアウストラル文庫(かつてはスペイン唯一の廉価新書版叢書)の一冊だった。レオポルド・アラス、と言うよりペンネームのクラリン(ラッパ手の意)の方が有名な小説家の『さよなら、コルデーラ!』という短編集である。
コルデーラとは主人公のローサとピニンという姉弟と仲の良い雌牛の名前である。なぜさよならか、と言えば、ひたひたと近代化の波が押し寄せる(それは電線と電信柱で象徴されていたと思う)田舎の住民たちにもそのひずみが避けられず、確かコルデーラを売るときがやってきたからだが…わずか十ページそこそこの短編、しかもむかし教室でテキストにも使ったのだから、歳のせいで筋を忘れたとしてもちょこちょこと読めばいいじゃん、思われるかも知れないが、そこは君(えっ、誰のこと?)、悲しいことがあってその気分にもなれないわけ。
ともかくその短編集を古切れで見事蘇生させました。その作業と平行して、実は私たち夫婦にとって、今日は大変化の日でもありました。というのは、美子の褥瘡のこともあって、とうとう今日、古いダブルベッドの代わりに、可動式ベッドをレンタルすることになったからである。今晩から私の寝るところは、隣の部屋からその美子のベッドの隣りに持ってきたソファーベッドということになる。
ともかく今日は朝から、ケアマネージャーの小野さん、介護用品を扱ってるお店の岩崎君に手伝ってもらって、大幅な部屋の模様替えを断行したのである。可動式ベッドのことは大体知っていたが、エアーマットなるものが、電気を通じておくと、マット内の空気が絶えず動いていることを初めて知った。なるほどこれだと体とベッドの接触面が絶えず微妙に変化することになって、褥瘡予防になるわけだ。
その大仕事が終わったのがお昼前。そして午後は、愛が幼稚園から帰ってきてから、今度は頴美に手伝ってもらって、解体したベッドの木枠と大きなマットを車にようやく載せて(こういうとき福祉車両は役立つ)町外れにあるクリーンセンターまで運び、廃棄処分にしたのである。
夫婦が長い間使ってきたベッドを廃棄処分にすることも、慌しい作業の流れの中では格別の感慨の湧く暇も無かったが、夜改めて考えてみると、一抹の寂しさを感じないでもない。
クラリンの短編の最後は、カルリスタ戦争(1833~39年、72~76年と二度にわたって勃発したスペインの王位継承戦争)に徴兵されて戦場に赴くピニンの乗った列車をローサが見送るところで終わる。売られてゆくコルデーラ、戦場に駆り出されるピニンと比べれば、その悲劇性はぐっと薄まるが、それでも認知症との闘いの新たな局面を迎えてお役御免となって町外れの焼却所で処分されるベッドも、それなりに悲しさを怺えていたのかも知れない(まさか!)。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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何故か先生が愛され、可愛がられていたペットのクッキーのことを思い出しました。「売られてゆくコルデーラ」、「焼却所で処分されるベッド」。先生が人間の尊厳性についてこう言われています。「小さきものの生命こそが「いのち」の基本(単位)であり、人間はその基本的な価値を認め受け入れ慈しむことができるがゆえに尊厳性(尊大性ではない)を帯びるのだ」。『モノディアロゴス』2002年7月16日「神は細部に宿りたもう」、「小さきものの命こそすべての価値の絶対の単位であって、それを無視するいかなる理由もその虚偽性を露呈するからだ」。2003年4月13日「残酷であるということ」。現代社会を考えると至る所に人間が人間であるための基本条件が無視されているように私は思います。その一つの原因は利便性を重視するあまり使い捨ての生活に慣れてしまい、ものを大切にし最後まで使うという、ものに対する感受性が鈍くなっているんじゃないでしょうか。「悲しさを怺えていたのかも知れない」という先生のものに対する温かな眼差しがクッキーに対するものと私には全く同じように感じました。