瓦の交換もあらかた終わったのだが、玄関部分など小さな工事がまだ残っている。しかし先週の金曜から雨やら祭日やらで、今日まで工事が中断されたまま。べつだん雨漏りするわけでもないので、気にしなければいいのだが、足場がまだ外されていないなどのこともあって、なんとなく落ち着かない。天気予報では明朝雨も上がり、午後からは陽も差すらしく、ようやく工事も再開されるかも知れない。
 夕方には晴れ、以後の天気もいいというのであれば、誘われている明後日の「月見の会」とやらに行ってみようかな、と考えている。実は友人のI夫妻とN夫妻に誘われていたのだが、今日の夕方そのN氏から電話があり、急に法事で行けなくなったので、使わなくなったチケットをどうぞとのこと。それはありがたいのだが、三組の夫婦そろっての月見を楽しみにしていたので残念である。それにもしかするとI夫妻は会場で出店を手伝わなければならなくなる可能性もあり、そうなると心細い気もするが、町の人たちと近付きになるいい機会だから、できるだけ行ってみようとは思っている。
 それにバッパさんがカトリック仙台教区の大会に参加するとかで、明日の午後から三泊の予定で仙台に行くのも好都合である。彼女の食事の心配をしなくてもいいこともあるが、それよりも(申し訳ないが)バッパさんを連れて行かなくともいいのが何よりも好都合なのだ。兄が車で迎えに来てくれるそうだが、それにしても九十一歳のばあさんのなんたる行動力(科学的には糞エネルギー)よ。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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