朝食後、今日もセンターに行くのか、と声をかけると、ベッドの上にくたっと寝ていたバッパさん、今日は行かねー、病院に行ってくっから、と言う。でもI病院は駄目だからW病院に行くー、今朝も夜ノ森公園さ行ってきたー、とついでのように言う。それ、あんたのやってることは出鱈目なんだよ、なんで体操などに出かけるの?、それ健康病だよ。
病院行きの車の中でバトルは続く。なんで世話になってる人の言うこと聞かねーんだ?あげくの果てにこう答える。そんなにいやなら、病院でも施設でも入れれば良かんべ。バッパさん、それを言っちゃーおしまいよ……車という密室の中にガンガン反響する罵倒の言葉……放送コードに触れるので実況放送はここまで。
いやなことは忘れっぺ(あれっ、これは茨城弁だっぺー?)。ところで知っている人は数人しかいないけれど、実は私は呑空(どんくう)という立派な俳号を持っている。以前、作家の眞鍋呉夫さんのご指導のもとに連句をしたときに戯れに作った名前である。ドン・クー、つまり Don Q. と懸けたのである。ドン・キホーテのフランス語読み。わりと気に入っているが、俳句そのものを以後ぱたっとやめているので、使う機会がない。先日、ゴム判も作ってみたけど、これも押す機会がない。それで、先ほど便器に腰掛けているときに、ふとひらめいた。そうだ、この古い家を呑空庵と呼ぼう。そして私が死んだあとも、この家は腐れ落ちるまで『呑空庵』として、訪ねてくれる人に開放することにしよう、と。ちょっとクサーイ話? そりゃそうだ、便所の中で考えついたことだもの。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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