たぶんこれは一過性のものなのかも知れない。つまり今、組織という組織すべてに対する嫌悪感のようなものがかつてないほどに強まっていることだ。組織の中でも自由に生きられる人と、組織の中ではことさらに圧迫を感じ、己れの自由が狭められていると感じる人がいるとすれば、さしあたって私は後者に属するのであろう。教師生活の最後あたりは、ほとんど生理的といってもいいような息苦しさを感じていた。大袈裟でなく、時おり大きく口を開けて、その息苦しさから逃れようとしたほとだ。だからこの三月、退職とともに手に入れた自由を、いまどのような代価が用意されようと、絶対に手放すまい、とかたくなに思っている。
いや、組織とか人間集団が嫌いというわけではない。なぜなら人が人として生きるには、言うまでもなく人と人のあいだにしかその場所がないからである。それに私は別段人間嫌いなどではない。むしろ人間好きである。はっきり言おう。人間集団の安定や発展、そして維持のためには必須のものとされる権威や権威者たちに対して、ほとほと嫌気がさしているのだ。政界や教育界だけでなく、世俗的権威とは縁がないはずの宗教界まで、つまり代議士や教師だけでなく聖職者までもが、その質を信じられないほどに劣化させている。とりわけ聖職者たちの精神的荒廃には目を覆いたくなる。破戒僧ならまだしも、多くはこの飽食と似非幸福の中ですっかり目標を失っている。確かに逆境の中で生きるより、ぬるま湯のようなふやけた世界で当初の理想を堅持する方が数段難しい。そのことには同情の余地があるが、それにしても現況は…
当分は、いかなる組織にも近づきたくない。個の最終的責任を組織に転嫁するような輩とは肩を組むつもりはさらさらない。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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