やっぱり心配

一ブロックを斜めに横切ることになるからか、隣家(といってどこかの事務所らしいが)との境の塀を近所の小学生たちが乗り越えていく。最初、こらっと怒鳴ろうかと思ったが、彼らのあまりの可愛らしさに叱ることを止めた。登校時の彼らを見たことがないので、たぶん下校時だけの近道なのだろう。男の子だけかと思っていたら、時折元気のいい女の子たちも乗り越えていく。
 こちらが歳をとったせいだろうか、最近やたら子供たちを可愛いと思うようになってきた。近所に若い夫婦の所帯がいくつかあるので、時おり幼い肉声が風に乗って聞こえてくる。すると一気に心が和む。買い物の行き帰りに、子供たちの下校姿に出会う。彼らは昔風というか、子供子供しているというか、ていねいに育てられている子供特有の幸福そうな顔をしている。こうしてしっかり育てられた子供たちが、やがて志を抱いて都会の大学に進み、そして故郷に戻って職を得る(私みたいに歳をとってからではなく)。こう考えると日本の未来も捨てたものじゃない、実に安泰そのものじゃあーりませんか。
 夕方テレビを見ていると、何十校とある京都の大学が、学生獲得のために東京で共同キャンペーンを張ったというニュースを報じていた。まさか大学は象牙の塔よろしくお高くとまっていてほしいなどと時代錯誤のことを言うつもりはないが、このごろの大学の腰の低さよ。いや腰の低さだけならまだしも、その志のみごとなまでの低さよ。そして昔ならその是非をめぐって本格的な教育論が展開したはずの産学協同が今やほとんどの大学にとって至上命令であり、これを問題視したり難色を示そうものなら、「なにをこの非国民!」とばかり寄ってたかって袋叩きに合うはこれ必定。でも竹の節や年輪を見ても分かるように、学校と社会がそれぞれ独自の価値観やポリシーを持つことによって、つまりそのギャップをなんとか埋めようとして、柔軟かつ強固な社会が生まれるのでは。全国いたるところの学校や大学から小型のサラリーマン、小型のテクノクラートが生まれてどうなるんですか。このままだとどこを切っても同じ顔、同じ個性の金太郎ちゃんたちが日本中に増殖しますぞ。
 いまや大学を牛耳っているのは、志は低いが事務能力にたけた小者たち
。となると、この可愛い子供たちの未来は? いやー、これじゃやっぱり子供たちの未来が心配だわさ。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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