今とここ

寒いあいだは家の中にいることが多かった猫たちも、暖かくなってくるにつれて外猫時代の習性が戻ってくるのか、それとも箱入り犬のクッキーに気兼ねがあるのか、日中はほとんど外に出ている。この姉弟、こんなに仲がよくていいのかい、と思うほどいつも連れ立って歩いている。しかし去勢はされているがココアの方はさすが牡だけあって、その行動半径はミルクより広いようだ。その上、喧嘩が好きなのかも知れない。
 先日も、見慣れぬ白と黒の猫が庭に迷い込んできたとき、あっという間に飛びかかっていき、相手の咽笛に噛み付いた。普段からミルクとふざけて取っ組み合いの真似をし、そのときもミルクの咽笛に噛み付く真似をすることがあったが、まさか本番でやるとは思わなかった。八王子にいたとき、ドブという野良猫がしょっちゅうライバル猫と駐車場や路上で決闘していた。そのドブでさえ相手の顔にぴったり自分の顔を近づけ、物凄い声で威嚇するだけで、めったに取っ組み合いにはならなかったのに……
 J女子大で同僚だったNさんも大の猫好きで、彼が病に斃れて無念の死を遂げたとき、可愛がっていた猫たちの不思議な行動を聞いて胸が痛んだ。そのうちの一匹はご主人の死後移り住んだ市営住宅で喧嘩をし、後ろ足のアキレス腱を噛み切られたそうだ。それを聞いたときは、もしかして喧嘩ではなく、近所の変質者にでも刃物で切られたのでは、と疑ったが、今では喧嘩だったと信じることができる。たしかに犬と違って猫の喧嘩は半端じゃない。
 そんなココアでもお姉ちゃんのミルクには絶対服従なのはどうしてだろう。食事もお姉ちゃんが先で、その間、まるで番をするかのように少し離れたところでじっと待っている。それにしても八王子に残してきたもう一人のお姉ちゃんのミケ、お兄ちゃんのクロ、同い歳のイチローとジロー、そして立川に養子に行ったグレ(現グレース)は今どうしているんだろう。とりわけこの町まで来ながらどこかに行ってしまったイチローと義兄のダリは?
 バッパさんから見れば、動物たちと同じ屋根の下で暮らすこと自体許せないことらしいが(子供たちがまだ小さいとき、犬を連れてくんなら休みにくっことねーど、と言われたことを子供たちは今でも悲しく覚えている)、私たちにとっては、今とここで精一杯生きることを日々教えてくれる大事な大事なパートナーなのだ。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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