心配していたとおり、今年の野馬追は終始雨にたたられた。こういうときこそジモティー(地元民のこと)としては見物に出かけて、少しでも盛り上げるべきなのだろうが、雨が降ってるねー、こんなときでもやってるんだろうか、可哀想だねーなどと思いながら、手元の雑用に追われているうち、祭りの終わりの時間が過ぎてしまった。ところが家のバッパさん、昼前、傘をさして通りまで出かけ、武者行列を見てきたそうだ。これには素直に脱帽。
 夕食後、雨が上がった街中を妻と二人で散歩してきた。公園の近くを通ったとき、昨夜の盆踊り大会の名残の紙くずが道路端にへばりついているのを見たとき、急に寂しさを意識した。あゝ雨の中でも見物に出かけるべきだった。なにか今年は大きな忘れ物をしたような気がしてきた。森閑とした街中で唯一店を開けていた本屋さんに飛び込んだ。美子はようやく読みたい本(世界遺産シリーズについての文庫本)を見つけて買うことができた。本当は杏飴とか綿菓子が買いたかったのだが。
 ところで昨夜遅く、K. K氏から『モノディアロゴス』の出版引き受けてもいいという嬉しいメールが入った。こまかいところではいろいろ詰めなければならないところがあるが、ともかくこれで大きく事態が動き出した。ほんとうにありがたいことである。
 昼前、J女子大のS先生からメールがあり、今月末あたりI先生と二人で遊びに来てくれそうだ。大学の近況など聞きたいが、しかしそんなことより久しぶりにみんなで愉快なお酒を飲みたい。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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