夕方、■さんが見えられ、昨日の「福島民報サロン」で亀井文夫監督のことを書いていたが、彼の作品連続上映会を十年程前にやったので、そのときの会報その他のコピーをどうぞ、と持ってこられた。1993年三月から月一度、十月の第八回まで、彼の全作品を上映したらしい。すごいことをやったものだ。亀井の作品を見たさに、遠いところからも駆けつけた人かいたようだ。しかしさすが■さんだ。ところで亀井文夫の墓が、我が家の二階の窓からすぐ側に見えるお寺の境内にあることまで教えていただいた。
 といいながら、私自身、亀井の作品をただの一本も見たことがないのだ。先日インターネットで調べたら、大抵の作品はビデオで求めることが出来るらしい。これからせめて何本かは見たいものだ。念のために、わが町の『亀井文夫の世界』上映映画のラインアップを書いておく。


第一回 『人間よ傲るなかれ』(’91)
 二  『上海―支那事変後方記録』(’38)
     『小林一茶(信濃風土記) 第二部』(’41)
 三  『戦ふ兵隊』(’39)
     『日本の悲劇』(’46)
 四  『女ひとり大地を行く』(’53)
 五  『生きていてよかった』(’56)
     『流血の記録 砂川』(’56)
 六  『世界は恐怖する―「死の灰」の正体』(’57)
     『荒海に生きる―マグロ漁民の生態』(’58)
 七  『人間みな兄弟―部落差別の記録』(’60)
     『みんな生きなければならない』(’83)
 八  『トリ・ムシ・サカナの子守唄』(’87)

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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