今まで再三言ってきたことだが、現在の日本語では「国」という言葉の使い方が今まで以上に乱れてきた、というより矮小化されてきたように思われる。「くに」という概念には三つのレヴェルがある。つまり、たとえば国連に加盟するときなど問題にされる法的な意味での「国家=state」、人間の顔が見え始める「国民国家=nation」、人間のみならず風土が見えてくる「くに=country」の三つだが、現代日本語では全てが第一の法的な意味での国家に収斂しているようである。つまり「日本」というものを、現在の内閣が運営し代表する「日本国」に集約されているようなのだ。
本来は第三のもっとも包括的な「くに」に対して自然と感得される愛国心までが、第一の最も狭い意味での「日本国家」に収斂している。だから今回の人質問題で話題になった「国」に対する迷惑も、ただただ現体制への迷惑へとすりかえられているわけだ。
しかしよくよく考えてみれば、第一の意味での「国」、つまり狭義の「国家」でさえ、主権在民の、しかも三権分立の仕組みの下の「国家」なのであるから、現在出回っている「国」という言葉がひたすら三権のうちの一つに過ぎない行政府のみを意味しているのは、国概念のさらなる矮小化であり、実に危険であると言わねばならない。
三つのレヴェルをすべて含んだ「日本」という国の幸福と繁栄よりも、ひたすら己が栄達やら権力やら次回選挙対策しか考えていないような政治屋ならまだしも、「ふつうの、まじめな」日本人がなぜしたり顔に「国の迷惑」などと言うのかな、と不思議に思っていたが、彼らの「くに」概念が現体制の言うがままの「くに」に卑小化されている、そしてその事実(誤用)を自覚していない、と考え及んで少し謎が解けたような気持になった。
だからといって、この不思議な息苦しさ、閉塞感が消えるはずもない。そこのところをはっきりさせない限り、「民主主義」などどだい根付くはずもないからである。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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