「くに」とは何か

今まで再三言ってきたことだが、現在の日本語では「国」という言葉の使い方が今まで以上に乱れてきた、というより矮小化されてきたように思われる。「くに」という概念には三つのレヴェルがある。つまり、たとえば国連に加盟するときなど問題にされる法的な意味での「国家=state」、人間の顔が見え始める「国民国家=nation」、人間のみならず風土が見えてくる「くに=country」の三つだが、現代日本語では全てが第一の法的な意味での国家に収斂しているようである。つまり「日本」というものを、現在の内閣が運営し代表する「日本国」に集約されているようなのだ。
 本来は第三のもっとも包括的な「くに」に対して自然と感得される愛国心までが、第一の最も狭い意味での「日本国家」に収斂している。だから今回の人質問題で話題になった「国」に対する迷惑も、ただただ現体制への迷惑へとすりかえられているわけだ。
 しかしよくよく考えてみれば、第一の意味での「国」、つまり狭義の「国家」でさえ、主権在民の、しかも三権分立の仕組みの下の「国家」なのであるから、現在出回っている「国」という言葉がひたすら三権のうちの一つに過ぎない行政府のみを意味しているのは、国概念のさらなる矮小化であり、実に危険であると言わねばならない。
 三つのレヴェルをすべて含んだ「日本」という国の幸福と繁栄よりも、ひたすら己が栄達やら権力やら次回選挙対策しか考えていないような政治屋ならまだしも、「ふつうの、まじめな」日本人がなぜしたり顔に「国の迷惑」などと言うのかな、と不思議に思っていたが、彼らの「くに」概念が現体制の言うがままの「くに」に卑小化されている、そしてその事実(誤用)を自覚していない、と考え及んで少し謎が解けたような気持になった。
 だからといって、この不思議な息苦しさ、閉塞感が消えるはずもない。そこのところをはっきりさせない限り、「民主主義」などどだい根付くはずもないからである。

アバター画像

佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク