実は前回の「日録」を、ほんの「出来心」から、「三方六」の製造元「柳月」のホームページで見つけたメールアドレスに送ってみたのである。物好きな客からの、注文でもないし問い合わせでもないメールがどう処理されるのか、ちょっと試す気持ちがあったことは否めない。本当は好き好んでいやな思いをする(かもしれない)機会など探すことはないのだが。だからほんの出来心からである。
ところが翌日、その柳月の「お客様係り」から、実に丁重なお返事が届いてびっくりすると同時に、いたく感心した。健次郎叔父のことにまで触れた実に温かな文面なのだ。店にしろ、企業にしろ、学校にしろ、いまあらゆるところで基本的なマナーが失われつつある。いやファースト・フード店並の、マニュアルに則った礼儀はある。しかし一人一人が、自分の才覚と判断で、適切な時と場所で示すべきマナーが消えつつある。
前の資生堂常務取締役で、現在も資生堂美容学校長として活躍されている永嶋久子さんとは、清泉女子大時代の教え子赤沢典子(現在は結婚して佐賀姓)さん(全盲学生として初めてスペイン留学を敢行し、卒業後資生堂に正社員として採用された)を介して知り合い、以後親しくお付き合いしているが、その永嶋さんが学生相手に話された一つのエピソードを思い出す。
彼女の福岡の尊父が亡くなられたときのこと。久しぶりの実家なので葬儀の手筈などもちろん不案内、それで仕方なく一人で仏様を守っていると、次から次と花屋さんが花を届けに来る。「ちわー、お花を届けにあがりました。すみません、ここに認めお願いしまーす」。商売としてそれで別に問題はない。商売として一応は成立する。ところが一人、汗みずくで届けにきた若い男は、「ご愁傷さまです。あのーお取り込み中申し訳ありませんが、お線香上げさせてもらってよろしいでしょうか?」と言ったそうである。
実は、ともう一度言うが、あまりに嬉しかったので、その柳月からのメールをコピーして帯広の健次郎叔父に、「日録」といっしょに送り、少ししつこいかなと思いつつ、再度そのことを柳月にメールしたのである。それに対しても即刻のお礼のメールが返って来た。これ以上はやり過ぎになるので、今回は生まれ故郷の良心的で腕の立つこのお菓子屋さんに遠くから、心の中でエールを叫ぶだけにする。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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