なんとも杜撰かつ奇妙な曲折を経て、わが原町市と、北隣の鹿島町、南隣の小高町が合併して「南相馬市」となることが決まった。もともとお上の掛け声で始まったこの町村合併の流れには反対であった。自分たちの住む町や村を、自らの力と体温で充足させていく気力も見識もない者同士が、一時的に支給(正確には貸与だろうが)される補助金目当てに擦り寄っても、期待できるのはわずかだからである。
ただ今回の合併に、私として唯一意味が見出せるとしたら、それは東京電力と小高町・浪江町が結んでいる新たな原発設置計画を、当事者の一人として問題化する理由と権利が出来ることであった。実は自分の余生をこの風光明媚な海岸線を持つ福島県浜通りで送ろうと決める前までは、迂闊なことに原発について真面目に考えたことが無かった。先日亡くなったウメさん(妻の母)を大熊町の施設に見舞っているうち、ようやく事の重大さに気づき始めたのである。
しかし現金なもので、自分の子供や子孫が将来ともこの地で生きることはないと思っていた間は、まだどことなく「他人事」であった。しかし思ってもみない状況の変化で、自分たちの子孫がこの地に根を下ろす可能性がかなりの確率で出てきた今になって、ようやく「我がこと」として切実な問題に思えてきたのである。
「南相馬合併協議会報告書」なるものを瞥見すると、合併前のそれぞれの市や町が抱えていたものは、原則的に合併後の新市に「引き継がれる」ということである。しかし原発に関する小高町(と浪江町)の東電相手の取り決めまでもがそのまま新市にいわば「負の遺産」として相続されるのは、純然たる法律論としてもかなり問題がある。たとえて言うなら、前夫 [あるいは前妻] との間に重大かつ未解決の問題を抱えたままの女 [あるいは男] と結婚する者には、相手に対してその取り決めの清算あるいは白紙撤回を求める権利はないのであろうか。いや少なくとも自らを当事者の一人として三者間での契約の再検討を求めるのは当然の権利ではなかろうか。
とは言っても、原発反対の意志をどう表現していけばいいのか、さらには反対運動をどのように広げていけばいいのか、現段階ではまったく見通しが立っていない。原発そのものについての勉強を含めて、ちょっとしんどいな、というのが正直な気持ちだが、事は生命に関わる問題、しつこく根気よく攻めて行きたい。
-
※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
キーワード検索
投稿アーカイブ
-
最近の投稿
- 【再掲】「サロン」担当者へのお願い(2003年執筆) 2023年6月2日
- 再掲「双面の神」(2011年8月7日執筆) 2022年8月25日
- 入院前日の言葉(2018年12月16日主日) 2022年8月16日
- 1968年の祝電 2022年6月6日
- 青山学院大学英文学会会報(1966年) 2022年4月27日
- 再掲「ルールに則ったクリーンな戦争?」(2004年5月6日執筆) 2022年4月6日
- 『或る聖書』をめぐって(2009年執筆) 2022年4月3日
- 【ご報告】家族、無事でおります 2022年3月17日
- 【3月12日再放送予定】アーカイブス 私にとっての3・11 「フクシマを歩いて」 2022年3月10日
- 『情熱の哲学 ウナムーノと「生」の闘い』 2021年10月15日
- 東京新聞コラム「筆洗」に訳業関連記事(岩波書店公式ツイッターより) 2021年9月10日
- 82歳の誕生日 2021年8月31日
- 思いがけない出逢い 2021年8月12日
- 1965年4月26日の日記 2021年6月23日
- 修道日記(1961-1967) 2021年6月1日
- オルテガ誕生日 2021年5月9日
- 再掲「〈紡ぐ〉ということ」 2021年4月29日
- ある追悼記事 2021年3月22日
- かけがえのない1ページ 2021年3月13日
- 新著のご案内 2021年3月2日
- この日は実質父の最後の日 2020年12月18日
- いのちの初夜 2020年12月14日
- 母は喜寿を迎えました 2020年12月9日
- 新著のご紹介 2020年10月31日
- 島尾敏雄との距離(『青銅時代』島尾敏雄追悼)(1987年11月) 2020年10月20日
- フアン・ルイス・ビベス 2020年10月18日
- 宇野重規先生に感謝 2020年9月29日
- 保護中: 2011年10月24日付の父のメール 2020年9月25日
- 浜田陽太郎さん (朝日新聞編集委員) の御高著刊行のご案内 2020年9月24日
- 【再録】渡辺一夫と大江健三郎(2015年7月4日) 2020年9月15日
- 村上陽一郎先生 2020年8月28日
- 朝日新聞掲載記事(東京本社版2020年6月3日付夕刊2面) 2020年6月4日
- La última carta 2020年5月23日
- 岩波文庫・オルテガ『大衆の反逆』新訳・完全版 2020年3月12日
- ¡Feliz Navidad! 2019年12月25日
- 教皇フランシスコと東日本大震災被災者との集いに参加 2019年11月27日
- 松本昌次さん 2019年10月24日
- 最後の大晦日 2019年9月28日
- 80歳の誕生日 2019年8月31日
- 常葉大学の皆様に深甚なる感謝 2019年8月11日
- 【再掲】焼き場に立つ少年(2017年8月9日) 2019年8月9日
- 今日で半年 2019年6月20日
- ある教え子の方より 2019年5月26日
- 私の薦めるこの一冊(2001年) 2019年5月15日
- 静岡時代 2019年5月9日
- 立野先生からの私信 2019年4月6日
- 鄭周河(チョン・ジュハ)さん写真展ブログ「奪われた野にも春は来るか」に追悼記事 2019年3月30日
- 北海道新聞岩本記者による追悼記事 2019年3月20日
- 柳美里さんからのお便り 2019年2月13日
- かつて父が語っていた言葉 2019年2月1日
- 朝日新聞編集委員・浜田陽太郎氏による追悼記事 2019年1月12日
- 【家族よりご報告】 2019年1月11日
- Nochebuena 2018年12月24日
- 明日、入院します 2018年12月16日
- しばしのお暇頂きます 2018年12月14日