新聞の切り抜きなど、はたして死ぬまで読み直すことなどあるんだろうか、などと思いながらも捨てられないで、いろんなところに残っている。富士貞房の大親分の、とこっちで勝手に言ってるだけだが、富士正晴氏が、新聞切り抜きの山の中に埋もれている写真を見たことがあって、あそこまでやるかねえ、と変に感心したことがある。しかし幸い私の切り抜きなどたいした量にはなっていない。せいぜいスクラップ・ブック3冊くらいではないか。
で、前置きはここまでで、今日机の上を整理してると、10センチ四方くらいの小さな切抜きが出てきたことを言いたかったのである。それはいわゆる死亡記事で、一昨年八月十一日のものである。死者はまだ他にもいらしたのかも知れないが、切り抜かれている部分には、お三方の死去が報じられている。東京外国語大学名誉教授、日本スペイン協会理事長の荒井正道さん、日本舞踊家の若柳鵬翁さん、そして米国の写真家ジョー・オダネルさんである。
かすかな記憶を呼び起こすと、最初は、見覚えのある小さな写真(亡き弟を背負った原爆被災少年の写真)に気づいて、その撮影者ジョー・オダネルさんの記事を切り抜こうとして、すぐ上の荒井正道先生の死去にも気づいて、両方の記事を切り抜いたはずだ。この写真については同じ町に住む詩人 WJ 氏の心に深く共振する哀歌がある。すでに絶命した弟を黒い紐で背負った少年の、直立不動の姿は、戦争反対の百万言より、戦争の悲しさ、非情さを語って余りある。
いや、実はこれも前置きで、本当に書こうとしたのは、そのオダネル氏の名前が Joe O’Donnell と綴ることをネットで知ったことから思い出したことである。私自身はオドンネルと発音していた、もう半世紀も前のペンパルのことである。そのころ、つまり高校一年生であった私は、英語上達の一助にと(そんな殊勝な動機ではなかったか?)ペンシルバニアの田舎町に住む同年輩の女の子と文通を始めた。たしか郵便局に勤めるお父さんとお母さん、そして写真ではすごくのっぽの兄さんの四人家族で家の造りや車庫、車など、田舎とはいえ an American way of life の一つひとつが、私にはまぶしかった。
彼女からは箱入りのチョコレート・ケーキの材料や、金色のシャープ・ペンシルの付いた、金色のケースに入ったメモ帖などが送られてきた。私の方からは…覚えているのは日本の童話に下手な翻訳を付け加えた絵本などを贈ったはずだ。彼女からは、筋はわかったが、and という接続詞が多すぎるとかなんとかコメントされたことを覚えている。
大学3年になったころ、今度思うところあって修道院入りを決意したと知らせたら、すぐにだったか、少し経ってからだったか、実は私も修道院に入ることにしました、と知らせてきた。オドンネルという姓がおそらくヨーロッパでスペインと並んで熱烈なカトリック国であるアイルランド特有の姓であることを知ったのは彼女を通してである。
その後数年して、私が広島の修練院にいた時と思うが、ちょうど兄がカナダ留学からの帰途、彼女のいる修道院を訪ねてくれたこともあった。それからまた数年経って、私は修道服を壁に架けた(colgar los hábitos en la pared = 還俗する)が、ほどなく彼女からも修道院を出て、その後いい人にめぐり合って結婚した、との知らせが届いた。さてそれからまた40年近くの歳月が流れた。もう連絡を取り合うことはないが、彼女はどうしているだろう。私のように、何人かの孫に囲まれたおばあちゃんになっているのだろうか。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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