年寄りの涙もろさは、生理学的にじゅうぶん説明できるだと?
言ってくれますねえ、脳科学者さん。
たしかに涙腺がゆるんでるんしょうなあ、このごろやたらと涙もろくなりました。
このあいだなんぞ、妻の手を引きながら公園を散歩していて、
木陰に小さな、可憐な花を咲かせている野草を見て、一瞬眼の前がぼやけましたもの。
ひっそりと可愛らしい花を咲かせて、何と健気なんだろう、
だれに愛でられるというのでもないのに。
か細い脚をからませることもなく上手に草の上を走る雀さん
だれにも注目されず、目の端の小さな点としか意識されない謙遜な小鳥さん
お前のねぐらがどこにあるかなんてだれも気にもしてない雀さん。
お前たちの姿を見てるだけで、鼻の裏が熱くなり、
放っておくと嗚咽に進んでしまいます、でもねえ、それって素晴らしいことじゃない?
涙腺がゆるくなったから涙もろくなったんじゃなくて
あらゆることに対して感じる心を持つようになったから、しぜんと涙腺がゆるむ、
つまり因果関係は逆に考えたほうがいいんじゃない?
かのオルテガさんも言ってたじゃないの、器官が機能を作るんじゃなくて、
機能が器官を作るって、つまり感じる心が涙腺をゆるませるのだって!
これまで忙しさにかまけて、じっくり過ぎ行く時間をいとおしむ余裕がなかった
いまこうしてやっと、周囲を親しみを込めて見れるようになったのです、
なら、老いることは素晴らしい!
シベリア流刑のドストエフスキイが処刑台の上で、今生の別れと覚悟して
周囲に広がる自然を見たとき、それらは何と美しく、そして愛おしく
彼の眼に映じたことか!
処刑の恐怖もなしに、ゆっくりじっくりこの世との別れができること
こんな楽しみが老後にとっておかれてたとは、あゝ何たる幸せ!