呪われてあれ、脳科学者どもよ!

年寄りの涙もろさは、生理学的にじゅうぶん説明できるだと?
言ってくれますねえ、脳科学者さん。
たしかに涙腺がゆるんでるんしょうなあ、このごろやたらと涙もろくなりました。
このあいだなんぞ、妻の手を引きながら公園を散歩していて、
木陰に小さな、可憐な花を咲かせている野草を見て、一瞬眼の前がぼやけましたもの。

ひっそりと可愛らしい花を咲かせて、何と健気なんだろう、
だれに愛でられるというのでもないのに。

か細い脚をからませることもなく上手に草の上を走る雀さん
だれにも注目されず、目の端の小さな点としか意識されない謙遜な小鳥さん
お前のねぐらがどこにあるかなんてだれも気にもしてない雀さん。

お前たちの姿を見てるだけで、鼻の裏が熱くなり、
放っておくと嗚咽に進んでしまいます、でもねえ、それって素晴らしいことじゃない?
涙腺がゆるくなったから涙もろくなったんじゃなくて
あらゆることに対して感じる心を持つようになったから、しぜんと涙腺がゆるむ、

つまり因果関係は逆に考えたほうがいいんじゃない?
かのオルテガさんも言ってたじゃないの、器官が機能を作るんじゃなくて、
機能が器官を作るって、つまり感じる心が涙腺をゆるませるのだって!

これまで忙しさにかまけて、じっくり過ぎ行く時間をいとおしむ余裕がなかった
いまこうしてやっと、周囲を親しみを込めて見れるようになったのです、
なら、老いることは素晴らしい!

シベリア流刑のドストエフスキイが処刑台の上で、今生の別れと覚悟して
周囲に広がる自然を見たとき、それらは何と美しく、そして愛おしく
彼の眼に映じたことか!
処刑の恐怖もなしに、ゆっくりじっくりこの世との別れができること
こんな楽しみが老後にとっておかれてたとは、あゝ何たる幸せ!

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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