誘われて、さて

先日、ボサノバ歌手の(という言い方が正しいかどうか分からないが)■さんからお電話があった。彼女が現在、駅前の市立図書館で進行役を務めている「アナログタイム夏」という企画に、一枚のアナログ・レコードを持参して15分ほどの話をしてくれないか、とのお誘いである。過去にスペイン語教室のためにミニ・コンサートをしてくださった恩義もあり、お断りするわけにはいかない。
 いやもったいぶっても始まらない、日ごろから話をすることに飢えている、というか禁断症状気味の私には、願ってもない誘いなのだ。ただ如何せん、15分はちと短かすぎる。教師生活のくせで、50分が一区切りに慣れているからだ。でもそうは言ってられん、なんとか工夫しなければ。■さんが司会進行役ということなら、たとえば彼女から出された質問に答えるという形になるのかどうか。
 持っていくレコードは、柳貞子さんの「スペインの歌」にするつもりだが、肝心の話の方は、市民の皆さん相手となれば、高校時代、私がどのようなきっかけでスペインに興味を持つようになったかを語りながら、こんな地方に住みながらでも、スペインだけでなくいろんな国に関心や興味を持つことがいかに面白く、かつ必要か、を話すことで精一杯ではないか。
 スペインとは何ぞや、などという難しい問題に深入りすることはできないが、その代わり、これまでスペインについて書いたり話したり…そこで思い出しました、およそ二十年前、NHK文化センターでした連続講義のうちの一つがNHKラジオ第2で放送され、そのテープが残っていたことを。
 かなり大きな教室いっぱいの聴講生を前に、今よりは若い声の私が、張り切って、滔々と淀みなくスペイン文化について話している。50歳の私には、悔しいけれど今の私にはない声の張り、頭の回転の速さがある。
 午前中いつも聞いている、というか美子の為に流しているFM放送で、たぶん週に一回の割だと思うが、著名な音楽評論家Yさんが解説している。自分も老人だからなんとも言いにくいのだが、声の張り、発音の明確さでやはり衰えは隠せず、原稿だけでご本人は出ない方がいいのに、と思うことがある。いや歳をとっても、たとえば森繁さんのような、老人なりに味や色気を出せる人は聞いていて気にならない、というか楽しむことができる。でもその訓練をしてない人は…
 まっ、話はあまりできないと思うから、例の講義をテープからCDに転換したものを貸し出し用に数枚持っていき、さらに貞房文庫のスペイン関係書籍、そして小さなフィルム・ライブラリーのスペイン・中南米関係映画のDVD、そしてわが呑空庵刊行のスペイン文化・思想関係の私家本の宣伝と利用への誘いでもしてこようか。
 そう、そのうちフィルム・ライブラリーのリストも公開する予定ですので、このモノディアロゴスをお読みの皆さんにも同様のお誘いをします。お近くの方は拙宅で、また遠方の方は送料にかかる切手同封で申し込んでいただければ、喜んでお貸ししますので、どうぞご遠慮なく。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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