封建の村

午後二時半、Xが修理の終わったパソコンを持ってきてくれた。といってもいろいろなものをインストールするのに時間がかかり、本当に終ったのは六時半を過ぎていた。とにかくきっちり確実な仕事をしてくれる。パソコンの仕組みが分からない私にとっては、Xはまるで魔術師か手品師のように見える。修理に出している間りっぱにその代役を務めてくれたACERにも ESET Smart Security 4 をインストールしてもらった。ネットブック級の小さなパソコンにウィルス・バスターを入れると容量(?)が大きすぎて動きが鈍くなるそうだ。
 そんなわけで、今日はばっぱさんのところに行けなかった。そのむね伝えてくれるよう電話連絡だけはしておいた。
 外には出れなかったが、外からはいくつか嬉しいものがやってきた。といって私の場合は本くらいなものだけれど。一つは、東京外語で非常勤をしていたころからのお友だちのヘレーネ・アルトさんの大著である。何年か前からまとめているところだ、と言っておられた本がとうとう出たのだ。東洋美術史がご専門だとは知っていたが、こんな研究をしていたとは、そしてこんな立派な、そして豪華な成果をあげられたとは驚きである。
 山川出版社から出た『美の光景③ 王朝美術における結縁装飾法華経』という本で中には私など見たこともない装飾経のカラー写真が何枚も載っている。恥ずかしいことに装飾経というものがあるということさえ知らなかった。お経だけでなく、和漢朗詠集とか源氏物語絵巻も載っているから…いやいや下手なことは言うまい。この機会だからゆっくり読んだり見たりしてから、またご報告することにする。で真っ先に思ったのは、昨年末に亡くなられたお母様にお見せしたかったろうな、ということだ。
 郵便受けにもう一冊、ネット古本屋から取り寄せた北川多紀の詩集『女の桟(かけはし)』(時間社、1978年)が入っていた。先日、Yさんのエッセイで知った詩人(北川冬彦夫人)で、南相馬市鹿島の在が生まれ故郷だと知って、その作品をぜひ読みたいと思ったのだが、第一詩集『愛』は見つからず、かろうじて見つけたのが第二詩集だった。読みたいと思ったのは、彼女が相馬をどのように描いたかを知りたかったのだが。故郷賛歌よりむしろ故郷に対する屈折した思いに興味があったわけだ。序文を書いている井上靖に導かれて、とりあえず二つの詩を見つけた。

     封建の村

   思い出の土地は
   川と丘と
   雑木林と墓地と
   農家ばかりの
   縮んでいる封建の村

     稲妻

   ある夜
   不意打ちの稲妻が
   天と地を結んだ
   その凄まじい光景は
   あなたに
   未来を愛することを教えた

 井上靖はこう解説している。「深夜、一瞬、木枯の音の中を烈しいものが走りました。<稲妻>という短い五行の詩を読んだ時です。私も亦、川と丘と、雑木林と墓地と、農家ばかりの縮んでいる封建の村を、思い出の村として持っております。鮮烈な稲妻の光がそこを走りました。稲妻と結びつく、他にいかなる村がありましょうか。この短詩一篇の持つ正確さは相当なものだと思います。みごとと言う他ありあせん」

 いつか機会があったら、Z氏に地図を描いてもらって、その封建の村を訪ねたいものだ。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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