模索の旅

一昨日、下の部屋から持ってきたのは、祖父幾太郎の当用日記2冊だけではなかった。すぐ側にあった他の2冊の本も持ってきたのである。明るい緑色の表紙の小さい(四六判)雑誌と、なにやら模造革のカバーをつけた聖典らしきものである。雑誌の方は、祖父の周りにいつもあったのでよく覚えている。「生長の家」の機関誌である。幼いとき私の一家はカトリックの洗礼を受けたので、祖父のその本はまさに邪教の雑誌で、手に触れたことさえなかった。
 それを今回初めて手にとってみた。昭和四十二年十月号(第三十八輯第十巻)つまり当用日記と同じ年のものである。そしてもう一冊の方は、生長の家の創始者・教祖、彼らの言い方では総裁と言うらしいが、あの谷口雅春の『生長の家聖典 生命の實相 地の巻』(光明思想普及会発行、昭和十四年、第六十八版)であった。これも今回初めて手にとってみた。昭和十四年といえば、偶然私の生まれた年であるが、いつから幾太郎は生長の家に近づいたのであろうか。
 調べてみると、谷口は一八九三年兵庫の生れで、初め大本教の機関誌編集に携わっていたが昭和四年、啓示を受けて独自の教義を確立、修養誌「生長の家」を創刊し、光明思想の布教にあたった、とある。初めは釈尊の教えから出発したが戦時体制化ではアメノミナカヌシノカミ、ついでキリスト、そして最近は天皇中心となるなど、めまぐるしく変化してきたらしい。要するに万教帰一の宗教というわけで、信徒数は国内80万、主にブラジルなど海外にも同数以上の信徒がいるという。
 雅春は1985年に死ぬが、現在は谷口雅宣が三代目総裁になっているらしい。出版を重要な布教の柱にしている点、あらゆる宗教や思想から「いいとこ取り」をしている点で、「幸福の科学」とやらに似ている。『新しい歴史教科書をつくる会』の構成員には生長の家の信奉者が多いらしく、それだけでも底の浅さが思いやられる。
 とこう書いてきたからといって、生長の家に興味を持っているとか、近づきたいなどとはまったく思ってもいない。ただかつて祖父が日々の糧としていた宗教とはどんなものかを、初めて正面から見てみただけである。しかしどんな宗教にも言えることだが、教祖や創立者は確かに偉い人だったに違いないが、後継者が世襲であるなんて、まるで今の北朝鮮みたいでいただけないし、世襲でなくとも次第に組織化され巨大化していく過程で、重大な内的変質を蒙ったり、ただただ組織の永続のみを求めて形骸化していかざるをえないのは、なんとも悲惨としか言いようがない。
 ならばお前は何を考えているのか、と問われれば答に窮する。確かに人間が人間らしく生きようとすれば、そこに何らかの基準、世界観が必要であることは分かる。そして同じ価値観を持つもの同志が支え合い助け合うことも有用であろう。それでなくとも個としての人間は無力なのだから、その人間が構成する社会が正しい道を歩むためには、何らかの組織化は必要であろう。しかし現代世界を見てみると、宗教が果たしている良い部分と、宗教によって生じる歪みとが相拮抗していて、ときには紛争や戦争の理由となるなどして、そのマイナス面が大きくなっている場合が多いのはなぜか。
 孫たちの住む世界が今よりましなものになるよう、残された時間の中で何ができるか、自分自身の行く末と合わせて、模索の旅を続けるしかないか。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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