26. 2011年10月24日付の父のメール



淳ちゃん、先日はK叔父さんたちの接待でお疲れ様。おばあちゃんも大変喜んだようで、良かったですね。しかし頴美ちゃんからのメールで、ちょっと残念なこともあったようで、心配しています。淳ちゃんや頴美ちゃんには今さら言うまでもないことですが、パパは淳ちゃんたちが来春「危険を冒して」までも原町に戻ることなど願ってもいません。さゆり幼稚園も先月除染を終えたようですが、少なくとも旧原町内で生活することが安全である状態になりつつあります。来三月まではさらにそれが進むでしょう。ブログにも書いたように、子供のいる多くの家庭が放射線を怖れて離散状態にあります。しかしいま徐々にみんな力を合わせて、安全で住みやすい町にしようと頑張っているようです。
 ともかく言いたいのは、Mさんが言ったことはいろんな意見のうちで、善意からとはいえ極めて悲観的なもので、児玉とか小池(でしたか?)という今もてはやされている専門家たちに近い見解でしょう。残念ながら友人であったWJさん(息子注: 地元の詩人)も同じ意見でした。でもちょっとバランスを欠いています。ともあれパパは彼らと論戦しようなどとは露ほども思いません。実はK叔父を介してではありますが、なんなら資料を送ります、とMさんが言ったようですが、パパはかたくそれを断わりました。そんな見解など今までイヤになるほど聞かされてきたからです。長くなるので、今日はここで止めますが、要するに淳ちゃんと頴美ちゃんはよく考えて(神経質になることとは違います)来春のことをゆっくり決めてください。最後に子供と甲状腺ガンについてのブログ(下にアドレスをコピーしました)を見つけたので暇のときにでも頴美ちゃんと一緒に読んでください。
 パパは昨日は一日暗い気持ちで過ごしました。それは淳たちが帰ってこなくなるのでは、と思ったからではなく、身内から考えてもみないような揺さぶりを受けた無念さからでした。つまり善意からのものあるからこそ、ケンカもできないもどかしさからです。では新しい職場でみんなと仲良く頑張ってください。

【放射線と子ども】第4章 ヨウ素131と子どもの甲状腺がん 稲葉 俊哉 (広島大学原爆放射線医科学研究所 副所長) 2011年4月15日掲載