静かな元旦

シュティフターとシュトルムの作品を合本にしたものが見つかった。どうして一緒にしたのか、もう記憶から消えている。調べてみると、確かに二人の生きた時代は重なっているが、前者はオーストリア、そして後者はドイツと出身国は異なっている。たぶん両者の作風がなんとなく似ているという理由で一緒にしたのだろう。といって、正直読んだ記憶がなく、そうだとしたらただ両者の作品の題名からそんな連想をしたのであろう。
 詳しく言うと、シュティフターの方は「石さまざま(1)水晶」、「石さまざま(2)みかげ石・他二篇」、「森の小道・二人の姉妹」の三冊、シュトルムの方は「美しき誘い・他一篇」の一冊、いずれも岩波文庫である。
 調べてみると、シュティフター(1805-1868)は、精密な自然描写のうちに人間性の問題を追及し、代表作の一つ『晩夏』はドイツ教養小説の代表作だと紹介されている。今回分かった新たな事実は、シュティフターが肝臓癌の苦痛にさいなまれて、みずからの命を絶ったということである。キリスト教国で自殺した作家が名声を保つというのが分からないが、それ以上に作品そのものが優れていると言うことであろう。ドイツ教養小説には興味があるが、『晩夏』を求めて読む価値があるかどうか。
 もう一方のシュトルム(1817-1888)は、ドイツの詩人・小説家。弁護士・判事の仕事のかたわら、北ドイツの陰鬱な自然を背景に、抒情詩から出発して後期には叙事的・写実的な小説を書いたとある。代表作は小説『湖』、『白馬の騎士』などらしい。
 シュティフターの「水晶」を少し読んでみる。手塚富雄の訳だが、すーっと入ってくる達意の訳文である。心が静まるように感じられる。新年最初の読書として、このまま続けて読んでみようか。
 元旦の天気としてはまあまあの晴れであった。午後はほとんど年賀状書きに終始した。このところずーっと石原さんの病状のことが気になっているが、先日代筆でいただいたお手紙の中身は見つかったが、転居先の住所が書いてあった封筒の方が見つからない。旧住所で届けばありがたいのだが。
 それにしても物足りないほど静かな元旦であった。

※2011年1月2日午前0時59分付(息子追記)

アバター画像

佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください