窮余の一策

やっぱりこの際、健次郎叔父には『国家の品格』を送りがてら、ていねいにその論拠の薄弱さ、お粗末さを具体的に論評してあげるのが甥としてやるべきことだ、と思い直した。もちろんそのためには、まず読まなければならない。それで午前中、アマゾンに発注した。読みたくもない本を読むのは辛いが、送料込みで250円と、経済的損失は軽微である。
 やらねばならぬことはそれだけではない。実は昨夜、久し振りに東京のH氏と電話で話をし、そのとき話題になった「青銅時代」の行く末のことを、その後ずっと考えることとなり、寝る前にようやく、いま考えられる最上の解決策に思い至ったのである。
 「青銅時代」は昨年第四十九号を出したが、同人数の減少、老齢化、資金難と今後の見通しが苦しくなってきた。私自身は編集後記で、たとえ最後はインターネット編集の私家本形式になろうと青銅の灯を守り続ける、などと勇ましいことを言ったが、現実問題として考えると、第五十号を出すのさえ困難な事態に立ち至っているのである。H氏は編集作業は自分がやるから拠点を相馬に移してもいいのでは、などと言っているが、美子を介護しながらは無理だし、同人数が減ったことによる年会費の高騰(これまでの二倍は必要)と原稿の集まりの悪さはどうしようもない。それにH氏自身も健康状態はけっして良いわけではないなど、事態は深刻なのである。
 しかしにんげん土壇場に立たされるとそれまで考えもしなかったことを考えるもので、寝しなに天啓のようにある妙案が思い浮かんだのだ。ただし、それが可能になるには、ある人の全面的賛同と協力が必須であり、そのためにはきわめて慎重にことを運ばなければならない。
 午前中、H氏と再度話し合い、その考えに賛同してもらった。しかしその人との交渉は、言いだしっぺの私がしなければならない。二三日中に渾身の力をこめて、われわれの願いを聞き入れてもらえるような手紙を書かなければならない。確かにしんどいが、しかし毎晩キーボードを前にして悪戦苦闘してきた経験が役に立つはずだ。丹羽正さんや小川国夫さんという郷土の大先輩が創刊した同人誌の灯をどうか消さないでほしい、と相手の心に響く文章を書かなければ……
 おっと、これ以上言うと相手が分かってしまう。ことは隠密に、かつ慎重に運ばなければならない。いずれ事態が好転した暁に報告させていただくつもりである。
 話はがらりと変わるが、二日ほど前だったか、NHKのBSで故・井上ひさし氏のボローニャ紀行を見た。旅行そのものは二〇〇三年十二月初旬のまだ井上氏が元気なころのものだから再放送らしいが、なかなか面白かった。いまNHKBSが大々的にイタリア特集をしている理由が分からなかったが、たしかに現在のイタリアは政治的には混迷しているが、国の元気という点では今の日本が見習わなければならないところがいっぱいありそうだ。サラマンカ大学とほぼ同じころできた大学のことで有名な町だとしか知らなかったが、井上氏がなぜこの町に憧れていたか、見ているうちに分かってきた。アマゾンにすぐ注文した『ボローニャ紀行』も今日の午後届いた。いろいろ参考になりそうだ。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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