アジャパーの国

ロブレードさんから送っていただいたミリャスさんの記事を、実はまだ読み終えていない。最近とみに目がしょぼしょぼしてきて、小さな字を読むのに骨が折れるので、休み休みしか読めないからだ。机の側に大きな、いわゆる虫眼鏡があり、それを使うときもあるが、全面的にそれに頼るまでにはなっていない、というまことに中途半端な老眼である。それならネット上で拡大して読めばいいではないか、と言われそうだが、ネットで読み続けるのはさらに疲れる。
 ともあれ途切れ途切れ、それも断片的にしか読んでいないのだが、まことに刺激的な現代日本論になっていて、これは本腰を入れて読まなければ、という気になっている。

「おや、久しぶりだね。元気だった?」
「なんとか生きてるね。私より数段若い或る友人が、仕事とお父さんの介護の生活を続けていて、毎日がまるで綱渡りのようです、と言ってきた。こちらもまさに毎日が綱渡り。美子は先日ちょっと体調をくずしたけれど、どうやら風邪だったようで、なんとか前の状態に戻った。でも足腰が急激に衰えて、ベッドから車椅子に移すときなど、これまでのように立たせることができないので、ベッドの縁に座らせたまま、すぐ横に引き寄せた車椅子に担ぎ上げるようにして移すしかなくなった」
「持病のギックリ腰が心配だね」
「ところが不思議なもので、ここ二年ほどなっていないし風邪もひかない。だがこれがどこまで続くか、と考えると…いや、そんなことより今度は美子が便秘気味で」
「また例のスカトロジーですか?」
「そう言うなよ。はっきり言って、出てくれれば世界なんて滅びたってどうってことはない、という気持ちになるよ」
「つまりスカトロジーの頭にエが付いたような感じ?」
「便意を告げることができるなら下剤という手もあるけど,それではちょっと不安だし。で昨夜とうとう浣腸をやったね」
「子供たちの遊びじゃなく本物の浣腸? それでどうなった?」
「二本使ったけど見事成功! そのときの開放感ちゅうか達成感、君には想像もできないだろうね」
「そんなはずはないさ。君は僕で僕は君なんだから。それにしてはなんだか浮かない顔してるぞ」
「そう、原発事故一周記念だか一周忌だか、そのあたりからまたぞろ瞬間湯沸かし器が常時ぽこぽこ言い出してね。そうなると今までなんとも感じてなかったものにまで腹が立ち始めてね」
「たとえば?」
「たとえばスカイツリー」
「えっ!なんでスカイツリーが腹立たしいの?」
高度成長期には東京タワーで日本人の意識をやたら高いところに引き付けて、生活の豊かさという白昼夢を見させて、結局はバブルで崩壊した。今度は世界一という屁でもないタイトルに馬鹿な日本人の意識を集めている。子供だけでなくいい歳こいたおっちゃんまでが見物の予約待ちをしてるんだって。バッカじゃない、昔から言うだろ、馬鹿と煙は高いところに登りたがるって」
「たしかにね。高い技術力を自慢するところなんざ原発作って自慢するのとまったく同じ心根だよね」
高いところに登っても、遠く北に見えるは原発事故の残骸、南に転じても世界遺産に入れてももらえないゴミの山の富士山…」
「例のミリャスさんは、そんな現代日本を<はるか向こうの国>と言ったね。スペイン語で言えば「パイース [国]・デル [の]・マス・アジャ [はるか向こう]」、つまり日本はマス・アジャの国…」
「あっ分かったぞ、何を言いたいか。日本はアジャの国。そう言えば昔いたよね伴淳という名喜劇俳優が。彼の有名なギャグ…」
「そこから先は言わせて。つまり彼は偉大な預言者・警告者でもあった。彼の言ったアジャ・パーの本当の意味は、お前たちがうつつを抜かしているその<向こう(アジャ>は<からっぽ(パー)>と)言ってたのさ」

さあ皆さん、大きな声でご唱和願います、アジャ・パー!アジャ・パー! あゝ情けなくて情けなくて涙も出てきません。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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アジャパーの国 への1件のコメント

  1. 阿部修義 のコメント:

    国際協力機構(JICA)の緒方貞子理事長が朝日新聞のインタビューで日本政府がインフラ輸出戦略に掲げている原発輸出について、「自国でうまく出来ないものを他国に持って行っていいのか」と数日前の朝日の一面で疑問を投げかけていました。こういう考えが大切ですし、見識のある人だと想像出来ます。歴史を少し考えて見ると、歴史を作って来た人は少数のエリートであり、大衆からは何も生まれて来ないというのが事実のように思います。問題は、少数のエリート層の頽廃、ここが元凶で、ご多分に漏れず日本もそのように思います。緒方理事長のご主人のお父様は緒方竹虎氏ですが、吉田内閣の副総理で総理目前で急逝されましたが、この人は人物で、もし総理になられたら、恐らく日本の方向も変わっていたと思います。今、日本に必要なのはこういう人物が出て来ること。私はそう感じます。

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