一日の終るのが早いこと。朝起きたと思ったら、もう寝る時間が近づいている。これって一日が充実してるってこと? どうもそうではなさそうだ。だいいち、今日は何をやったろう? たまたま眼に入った、汚い本を布で装丁し直して、見違えるように蘇生させたこと。何冊? やっと2冊。あとは、たまたま目に付いた本を散らし読み(こんな日本語ありましたっけ?)をしただけ。あとは……百円ショップに行って、美子の右足踵部分の、直りかけの床ずれのさらなる悪化を防ぐため、夜寝るときに踵の下に入れる柔らかい小さなクッションを買ってきたくらいかな。
布で装丁されたのは、レオン・ムルシエゴ著『カスティーリャの哲学的格言集』という1962年刊の本と、先日紹介済みの1969年版『人名辞典』。二つともスペイン語である。そしてこのところ暇さえあれば、スペイン語の本を読んでいる。今日はドルスの『植物園』という不思議な物語やピオ・バロッハの小説を読み散らした。前者は、神吉先生訳で有名な『バロック論』の著者で、後者は日本にはほとんど紹介されてこなかったが、ヘミングウェイに多大な影響を与えたと言われるスペイン98年世代の小説家である。
そう、私、かつてはスペイン思想研究を専門にしていました。いくつか貴重な鉱脈を掘り当てましたが、すべてやりかけのままです。あと残された時間のあいだに、何かまとまったことをやろうとしてるんでしょうか? どうもそれは無理のようです。いま漠然と考えているのは、貞房文庫にある僅かな数のスペイン思想研究書のチチェローネ(道案内)みたいなものを書く〈作る?〉こと。たとえばウナムーノ研究なら、こういう本から読みなさい、そして彼のこれこれのテーマにアクセスするにはこの本とこの本が適当ですよ、なんて具合に。
つまり、たぶん、もうスペインに出かけたり、東京に行って人と会ったりできない代わりに、この陋屋の内部を、まるで働き蜂が作る巣のように、テーマ別に有機的に(?)本で塗り固めていくこと。ですから古い汚い本までも、わずかな時間を見つけては、せっせと装丁を施しているのは、いわばそのための準備のようなものなのです。
これって変ですか? そうね、装丁し直しても、本自体があと何年持ちますかねー、20年? せいぜい30年? いやいやそのうち私が死ぬわけですし、この家自体が朽ち果てますよね。そう考えるとトローという言葉が口をついて出てきます。トローって何だとおっしゃる? 徒労ですよ、あなた。あれっ、誰に呼びかけてるんだろう?
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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1980年夏に先生のご家族4人でスペイン中を1ヶ月間車で5000キロ回られた話が『モノディアロゴス』に書かれてあったのを覚えてます。スペイン語では小川国夫氏の「大亀のいた海岸」という短編の中のスペイン語での会話のやり取りの依頼を快諾された話が『モノディアロゴスⅢ』にあったと思います。先生の人生の中でウナムーノを初めスペインとは密接な繋がりがあり、お父様が亡くなられた中国と同じように第二の祖国と言っても良い国なんでしょう。中国とスペインで思い出しましたが、魯迅とウナムーノが共に1936年に亡くなられていて、彼らの文章を通して高貴な魂にふれたと先生が述懐されていたと思います。先生が「いくつかの貴重な鉱脈を掘り当てました」と言われていますから、今後のスペイン思想研究の動向も是非モノディアロゴスを通じてお聞かせください。