アイスピック連続殺人犯か

昨夜十時からのETV特集『オキナワとグアム~島が問うアジア・太平洋の未来~』を観た。予想に違わずいろいろと考えさせられる優れた映像作品だった。数日前に次のように書いたが、その思いをさらに強めた。

「ときどきもし自分がオキナワに住んでいたら、と考えます。毎日米軍機の轟音の下で生活していたらどうだろう、と考えます。たまらんです。まるで他人事のように基地をオキナワに押し付けて、自分たちの生活の利便・快適さを追い求めてきたホンドの日本人とはいったい何様なのか、と考え…あゝ考えるだけの自分が情けない。」

 この思いを持続させたいが、なにせこの暑さ。残暑なんてものじゃないでしょう。夏真っ盛りです。でも明日ようやくエアコンが入りそうです。一息つけそうです。
 この暑さの中、自分でも驚いてますが、もう何年、いや何十年ぶりでしょうか、一冊の推理小説を読了しました。読了なんていささか大げさな言い方ですが、それでも294ページの文庫本を読み通したのは、推理小説でなくても、最近には絶えてなかったことです。
 要するに導入部から優れたストーリーテラーの術策にはめられたわけでしょう、ローレンス・ブロックの『暗闇にひと突き』(田口俊樹訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、1990年)です。これも例のごとく他の二冊の作品(『八百万の死にざま』、『聖なる酒場の挽歌』、すべて田口氏訳)と合本にし終わって、何気なくその最初の作品を読み始めたのです。九年前のアイスピック連続殺人事件の最後の被害者の父親から頼まれれ、真犯人探しを請け負ったしがない探偵、元警官だが私立探偵の免許も持っていない、妻子とも別居生活のうらぶれた中年男が主人公の小説です。
 自慢ではありませんが、推理小説なんて洒落た言い方ではなく探偵小説と言ってたころからこの手の小説の愛読者でした。今もあるかどうか分かりませんが『エラリークイーン・ミステリマガジン』とかいう月刊誌も熱心に読んでました。新刊の文庫本を買っても、すぐ読み終わることがはや不安なほどのマニアでした。松本清張の作品はたぶん全巻持っていますし、すべて読んだはずです。
 しかしその私も年毎に読むスピードも落ち、興味も薄らいでいったのとは逆に、いつのまにか美子が私以上の推理小説フアンになっていきました。先日も書いたように、彼女の老後のために文庫本の推理小説を古本屋で買い漁ったものでした。
 しかしそのスカダーものの二冊目『八百万の死にざま』の中ごろに、どういうわけか美子自身の写真の切り抜きが栞代わりに挟んであったので、この二冊目もすでに美子は読んだのでしょう。スカダー探偵に惹かれたのでしょうか。もしそうだとしたら、美子の目は確かです。実に魅力的というか、うらぶれた探偵ですから人間味あふれたと言いましょうか、最後まで眼が離せない探偵です。
 推理小説といえども文学です。もちろんプロットだけが自慢で犯人探しに力点が置かれた小説も多いのですが、でも結局は人間がよく描かれているかどうかが命です。探偵で特に印象に残っているのは、レイモンド・チャンドラーが世に送り出したフィリップ・マーローです。特に映画化された『ロング・グッドバイ』でエリオット・グールドが演じたマーローは最高でした。
 ではマット・スカダーに惹かれて、続けて『八百万…』も『聖なる酒場…』も読むつもりでしょうか。分かりません。でもこの暑さを忘れるには優れた推理小説は実に格好の時間つぶしです。でもつぶすほどの時間が残されているのか…いやいやそんなことは考えずに、その時その時を楽しみましょう。カルペ・ディエム(その日を掴め、楽しめ)です。


【息子追記】立野正裕先生(明治大学名誉教授)からいただいたお言葉を転載する(2021年4月16日記)。

文庫本のあいだに栞代わりに挟まれていた美子夫人のお写真。こういうかたちを取りながらではあってもお二人の対話は続いていた。いろいろ連想させられ、また想起させられました。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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アイスピック連続殺人犯か への2件のフィードバック

  1. 阿部修義 のコメント:

     ETV特集の中で印象に残ったのは、与那国島の島民の人の言葉でした。

     「人と人との交流の中に安全保障というものがある」。

     これは島民の人の毎日の生活の中から紡ぎ出された生きた人間の率直な言葉だと思います。先生の言われた「日本帝國主義の犠牲になった国々の作家たちの作品を努めて読むべきだ」ということも同じ意味だと私は想像します。

     国とか国境線とかという言葉には、先生の言葉を借りれば、生きている人の顔が見えません。生きるということは実践です。中国も韓国も皆血が流れている人間ですから必ずお互いを熟知できれば良きパートナーになれるはずです。お互いに消極的小我に生きるのでなく積極的大我に生きることに答えがあるように思います。

  2. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    澤井Jr.さん
     あなたがコメントを残したちょうど30分前、玄関先のあっと言う間もない突然の初対面を終えてお父上がタクシーで帰っていかれました。確かこれからJr.のところに行かれるとか。この次は必ずJr.を連れて、泊りがけで訪ねます、と言い残されて。
     お二人のお仕事が順調に展開されますように。

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