この猛暑である。実の無い話に続いて今日はしょんない話でも。「しょんない」は静岡弁で「どうにもしょうがない」と言った意味である。静岡に5年ほど暮らしたが、方言らしきものとして記憶に残った唯一の言葉である。例えば北海道弁の「はんかくさい(半可臭い)」や東北弁一般の「わがんね」よりはるかにおっとりした非難の言葉である。今回それを使ったわけは、以下最初に紹介するものに二重の(?)意味でふさわしいからである。二重? それは各自判断していただきたい。
最初どこで目にしたかはもう覚えていないが、要するに哺乳動物の放尿時間(すみません、いきなり尾籠な話で)が、体の大小にかかわらずおおむね21秒であるという、それこそしょんない話である。以来、無意識裡に放尿時「1、2、3…」と数えるようになってしまった。すると不思議なもので、もともとそうだったのか、あるいは体の方でそれに合わせるのか、は分からないが、だいたい21秒かかることが分かった。
どうにも気になるので、昨日、インターネットで「哺乳動物の放尿時間」で検索してみたら、意外な、いや当然予測できたであろう情報が出てきた。1991年に創設された例のイグノーベル賞(Ig Nobel Prize)、つまり「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられるパロディ・ノーベル賞ですでに受賞した学説(?)だったのだ。もっと詳しく言えば、
【2015年イグノーベル賞[物理学賞]】
受賞者:David Hu 氏 [米国 and 台湾]、Jonathan Pham氏 [米国]、Jerome Choo [米国]
受賞理由: ほぼ全ての哺乳類で小便時に膀胱(ぼうこう)が空になるまでの時間は平均21秒 (±13秒) であるという生物学的原理を解明したことに対し。
となっている。±13秒というのは幅があり過ぎ、というかちっとも科学的(?)でないのが笑いを誘うが、もともとふざけた賞なので許してやろう。でも三人のいいおっちゃん学者が大真面目で猫ちゃんやワンちゃんやの放尿時間を計ってるの図はなんとも微笑ましい。哺乳類というからには海に潜ってクジラのそれをも計ったんだろな。
しょんない話だけでは申し訳ないので、それよりかは少し真面目な話を。実は先日訪ねてくださった執行さんたちとの会話の中で、もしかすると父方の先祖が竜馬を暗殺したと言われる佐々木只三郎となんらかの関係があるかも、と言ったのを覚えておられて、後日安倍さんを通じて映画『竜馬を斬った男』のDVDが送られてきた。1987年、山下耕作監督、萩原健一主演のアルマンス企画の映画である。萩原健一が佐々木只三郎 を、根津甚八が坂本龍馬を演じており、第11回 日本アカデミー賞(1988年)の監督賞と助演男優賞(根津甚八)を取っている。実はDVDが送られてきたころ、補聴器の不具合で試聴できず、その代わりに原作となっている早乙女貢の同名の短編(集英文庫)と峰隆一郎とかの『剣鬼 佐々木只三郎』をアマゾンから取り寄せたのだが、後者はなんのことはないサムライ・ポルノで数ページ読んだだけで気分が悪くなりゴミ箱入り。しかし前者は短編ながら迫力があり、なかなかの傑作である。それでこれも何かの縁、これまで全く調べたことのない幕末と会津藩について知っておくのもいいだろうと、早乙女貢の畢生の大作『会津士魂』13巻(集英社文庫)と、ええい!ついでとばかり『続・会津士魂』全8巻を頼んでしまった。割安料金はいいとして、読む時間などあるのかいな、などど自問しながら。
届いた『会津士魂』はさっそくそれぞれ千ページ近い4冊の合本になって机の横に鎮座ましましている。「続」の方もいずれ揃えばやはり2冊の分厚い合本になるはず。
かくしてこれまで全く興味のなかった幕末そして明治維新にようやく関心が向かい始めたのだが、その理由は幕末、薩長を中心とする尊攘派のテロ、不逞狼藉を取り締まるために京都守護職を任ぜられ、慶喜のみならず朝廷からも篤い信頼を寄せられていた会津藩が、薩長を主力とする尊攘・倒幕派の画策によっていつの間にか朝敵とされ、あの悲劇の戊辰戦争にまで追い込まれたことの不思議さ、理不尽さにようやく気付いたことによる。
ところでいただいたDVDに執行氏の以下のようなコメントが入っていた。もしかするとこれに242という番号が入っているから、先日帰りの車中で立野さんが執行さんから聞いたという「執行草舟推奨映画700編」の一部かも知れない。【あらすじ】に続いて【草舟私見】とあるので、勝手ながらそれを全文以下にコピーさせてもらおう。
竜馬を斬った男が誰れであったのかは歴史の謎である。本作品の主人公である旗本そして見廻組隊長であった佐々木忠三郎はその最右翼に列せられている男である。私もこの推理が一番正しいであろうと信ずる者の一人である。只三郎と云ふ人物の魅力が全編に溢れる名作と感ずる。歴史の転換期に於てはやはり旧い体制を背負ふ側に魅力的な人物が多い。革新側は超大物が何人か魅力を発散させているが、その下部に至る多くの人物に関しては必ず体制側の方に軍配が上がる。その理由としてはやはり歴史と責任を背負っているからだと感ずる。従って正統な人物として秀れた人が多いのである。革新は必ずひがみと出世願望組が下部にはびこるのである。只三郎の様な佐幕に殉ずる生き方は人間として私は好きである。それにしても竜馬と云ふ人物は私はあまり好きに成れない。まず彼の能力がその背負ふもののない無責任さから本質的に出ている様な気が私にはするからである。そして新しいもの好き※で礼儀知らずな点も嫌ひである。竜馬はあそこで死んで最も良かったのだと私は思っている。彼は明治まで生きれば必ず馬脚の出る人物であると感ずる。
なるほど、竜馬についてはほとんど何も知らない私が漠然と感じていたことを執行さんは言い当てているのであろう。司馬遼太郎は、そして武田鉄矢は少し、いや過度に彼を持ち上げたきらいがありそうだ。乱暴に言い切ってしまえば、それまでは御門(みかど)が現在の象徴天皇制に近い形で、つまり政治的権力としてではなく文字通り祭り事の主宰者として機能してきたものを、薩長新勢力は自分たちの政治的野望を実現するための尊王思想を振りかざことによって、それを私用し、ついにはそれが日本軍国主義の異常増大を招き、果ては太平洋戦争へと突入していくわけだ。
とにかくこれまでは「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉を何の気なしに聞いていたが、父方の先祖が会津の落ち武者、しかも死んだ叔父(11人兄弟の末子)の言によれば、佐々木家は竜馬暗殺者とされる佐々木只三郎と何らかの縁があるという、今となっては確かめようもない言葉をきっかけに、この歳になってようやく自分にも関係のある歴史として迫ってきたわけだ。でも今さら考えるまでもなく、自分のルーツについて何の問題意識も持たないできた方がおかしいし異常なんだということがようやく分かりかけてきた。これはなにも歴史に名を残した先祖たちのことだけでなく、すべての人の来し方を考え、そして行く末を予測する機会やら欲求を削いできたのが日本の歴史教育の根本的欠陥であることは間違いない。それについてはすでに2015年7月24日のアレックス・ヘイリー『ルーツ』(安岡章太郎訳)に触れて書いているので参照いたければありがたい。
以上、しょんない話と少しは実のある話でした。
※ 翌朝の追記 竜馬の新しいもの好きは彼の短銃愛好にもっともよく表れていよう。「飛び道具とは卑怯なり」という言葉は、いわば武士道の鉄則のはずが、彼においては全く顧慮されていない。いずれにせよ人を殺めること自体の是非を別にすれば(?)、剣は少なくともその使い手の肉体と精神が相手を殺傷する最後の瞬間まで切り離されることはない、つまり責任の所在がはっきりしている。しかし相手を狙って撃たれた鉛の弾丸は使い手の肉体と精神から秒速何メートルというスピードで分断される、つまり責任の所在が人手を離れて非人格的な(?)無機質物体の物理運動に変化してしまうわけだ。
ノエル・ペリン著『鉄砲をすてた日本人 日本史に学ぶ軍縮』(川勝平太訳、紀伊国屋書店、1984年)によれば、鉄砲到来時まもなくして日本は当時の欧米諸国のいずれよりも鉄砲の数において凌駕していたが、しかし間もなく鎖国日本でその技術は兵器から花火へ転換され、あとは畑を荒らすイノシシ退治ぐらいにしか使われなくなったそうだ。要するに竜馬は短銃の個人使用だけでなく欧米からの武器輸入を画策するなど、後の大量殺戮を可能にする近代兵器導入を加速させた男であったことは否定できない。
あなた、それでもなお竜馬を崇めますか?
草舟私見を拝読して興味深い内容だと思います。幕末のころの志士たちの思想面では佐藤一斎、吉田松陰の流れで陽明学が主流ではなかったんじゃないでしょうか。竜馬も何らかの影響を受けているとは思いますが細かいことはわかりません。三島由紀夫にも影響を与えた陽明学者の安岡正篤がこんなことを言ってます。
「真実というものはわかりにくい。歴史というものは容易に信じられないものである。」
歴史に名を馳せた人物という人たちを美化してしまう傾向があるように思います。確かにそういう人物は傑出したものがあるんでしょうが、執行さんは、歴史の表面に決して出て来ない真実の一面を突いているんでしょう。三島由紀夫が安岡正篤の言った「歴史は信じられない」という言葉に痛く感動したことを覚えています。執行さんは、おそらく楠木正成のような人物に好感を持たれているんだと私は想像します。