一気に沸点

しょっちゅう沸騰してるように思われてるのかも知れないが、いえいえそんなことはない。通常は低温でぼこぼこ言ってるだけで、沸点に達することなどめったにない。ところが今日の午後、久しぶりに一気に沸点に達した。
 久しぶりの外出だった。まず郵便局に行き、マドリードのマルドナード神父さんに新しく「カルペ・ディエム!」と「解説」を加えた例のスペイン語版豆本を3冊、航空便用封筒に入れ、190円の切手を貼って投函。ついでに壊れていたニコン補聴器をレターパックに入れ、横浜の販売店経由で修理に出した。二つとも規格通りの正しい料金であることを確認していたので、窓口を経由することなく安心して直接ポストに投函。そのあと百円ショップに回って帰宅。
 上の二つの郵便物二つについて少し説明を加えると、カルペ・ディエムは一応は詩だから自信はなかったが、ハビエルさんに頼まず思い切って直接自分でスペイン語に訳してみた。それを何人かのスペインの友人たちにメールで送った。上智大学で初めてスペイン語を教えてくださった恩師(現在グラナダにお住まいの)もそのうちの一人で、実に見事に revisar(補筆修正)してくださったのだ。それ以後は師のお名前を作者名と並記させて追加収録して豆本にしたことのご報告を兼ねての送付である。また後者は、中国製の補聴・集音器も結構役に立っているのだが、例えばテレビの会話などのアーティクレーション、つまり音節の繋がりがいま一つはっきり聞き取れないので、故障したまま放置していたものを修理に出すことにしたのである。
 ところがとんだものが待っていた。郵便受けの中に昨日投函したはずの封筒が入っていたのである。その時点で悪い予感がしたが見事的中。付箋が輪ゴムで止められていて、読むと重量オーバーのため28円不足と書いてあった。ザケンジャナイッ! 投函前に何度も計ったが42グラム、つまり92円の切手を貼れば文句なく送れるのに、どんなドキンガン野郎が計ったのかとんでもない言いがかりをつけやがったのだ。
 もちろんすぐ取って返して素知らぬ顔でその封筒を窓口に出し(付箋はあらかじめ胸ポケットにしまっておいた)、これでいいですか、と聞いた。すると女性局員はおもむろに穴の開いた物差しみたいなものに封筒をくぐらせ、120円になります、と来た。豆本の厚さで少しきつめだがちゃんとくぐったのに、である。いやいや話はそれではない、この付箋には(とその時胸ポケットから出し)重量オーバーとありますよ、それに厚さだって定形郵便の場合は1センチ未満ならOKのはず、ともかく係の人を呼んできなさい、とこのあたりから一気に沸点に達し、怒りの形相で声もドスのきいたものになっている。
 女性局員が奥に引っ込んでしばらくして(その間事情説明で手間取ったらしい)中年の男性局員を連れてきた。後ろの客の迷惑にならないように隅のコーナーに場所を移し、あとは一気呵成の抗議(というか罵倒)。その権幕にたじたじとなった局員にさらに畳みかける。いいかお宅らのミスでこの郵便物は一日足止めを食らったんだが、遅れを取り戻すには速達にするしかないな、分かったか、速達にせい!
 文句ありそうな顔つきだったが、こちらの迫力に押されて、はい速達にします、と来た。普段は温厚な老紳士(エッ!)が鬼の形相でまくしたてるのだからたまったもんじゃない(誰が?)。あまり長時間沸騰させると健康によろしくないので(またまた勝手なことをほざいて)帰宅したのだが、一度沸点に達した湯沸かし器、なかなか元にもどらない。そのうち今日投函したスペイン宛の手紙が明日また戻ってくるかも知れない、という恐怖に(?)襲われ、えーいっ、こうなればあらかじめ局のお偉方に予防線を張っておくしかない、と思いつめた。以下は電話のやり取り実況。

「もしもし、お宅に苦情処理係みたいなもの、ないの? ない、それじゃだれか責任者出しなさい(受付嬢、だれかを呼びに行ったらしい。そして男性の声に変わった)。あのね(と先ほどの局でのやり取りをかいつまんで話す)これでもう何回目になるかな、要するに似たようなことがこれまで何度もあって、ある時はお宅の局長さんや近隣(?)の二人の局長さん連名の詫び状をもらったけど、お宅の体質全く変わってないね。お宅らには客扱いのイロハもわからんと違う? わたしゃ関西人じゃないけど(アッタリキー)アキンドの精神ゼロつーこと。以前レターパックで問題があったときにも言ったけど、1、2ミリオーバーで(その時も決してオーバーしてなかった)突き返すなんてアコギ(とは言わなかったか)な真似をして。だってそうでしょ、万が一1ミリオーバーしたってお宅にどんな実害あんの? だってそうでしょ(とまた繰り返す)、たいていのものは規定より半分以下の郵便物が流れているんでしょ。そんななか、一個の郵便物が1ミリ超えたからって、突き返すのおかしくない? あんたら民営化されたなんてとだウソっぱち、まるで税関の役人みたいに検閲ばかりしてくさる。
 黒ネコさんとかカンガルーさん(あれ違ってたかな?)と自由競争させたら、あんた方、真っ先に破産どっせ(いつのまに関西弁)。国がまだ他の商売敵にいろいろ規制をかけてるんでなんとか持ってるけど、そんな規制外せば、(あっ、これもう言ったか)…
 ともかくあんたが悪くもないのにとんだとばっちり受けて申し訳ないが、(電話の向こうで何やら納得した様子で、間違いなく部長にお伝えしますと言う)ともかく社員教育を徹底してほしい。あんたがたの仕事、連携プレーになってないよ。だって付箋付けた郵便物を配達する人だって、ちょっと手にもったら間違いが分かりそうなもの。要するにプロじゃないんだな。てんでばらばらの仕事してる。
 まっ今日はこの辺でやめとくけど、今日もスペイン宛に航空便を出したんだが、定形で40グラム、つまり190円分の切手をちゃんと貼って出したけど、万が一それが戻ってなんて来たら、殴り込みかけるからな、分かった? (電話の向こうで了解したとの返事) ではよろしくな。」

 でも明日がちょっと怖い。もし付箋付けて戻ってきたら? 殴り込みかけるなんて言ったけど、こちとらそんなエネルギー残ってましぇーん。北朝鮮の核弾頭が飛んでくるかもしれないご時世に、こちらは平和菌でなんとかそれを食い止めようと(そんなのムリムリ)必死こいてるのに、まっこと困ったもんじゃ。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク

一気に沸点 への1件のコメント

  1. 佐々木あずさ のコメント:

    佐々木孝さま
     平和豆本郵送のご苦労を、このエッセーで知りました。封筒にはり付けられていたコメントの意味も了解しました。4冊のどの部分にも、先生の指先や掌が触れ、魂が込められた作品。感謝です。でも、なんだかどれも素敵で、手渡せないなぁ…とおもいつつ、でも、先生のご意思に羽をつけて大空に羽ばたかせるのが呑空庵十勝支部の私の務め。。。ですよね。と、迷いつつも、大空に飛ばすことにいたします。

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