世界一美しい場所

表題の言葉は、昨年から隣の小高区に定住されている作家・柳美里さんが現在企画しているプロジェクトの謳い文句である。その実体は小高駅前の柳さんのご自宅に併設されて地元の人たちが集まり話し合えるブックカフェのこと。その企画のことを知ったのは北海道新聞の岩本記者からで、聞いた途端「これこそ真の復興!」と感動して、さっそく柳さんのメールアドレスを教えてもらってお近づきを願った。その返信で、柳さんがこれまで地元民600名と「南相馬ひばりエフエム」の「柳美里のふたりとひとり」という鼎談番組にどなたかとご一緒に出ませんか、との出演依頼を受けた。局そのものは残念ながら三月に閉局となるそうだが、柳さんはこの番組でこれまで都合300組の地元の人たちと話し合ってきたという、その企画にまたも脱帽。
 つまりこの番組を通して、これまで報道されることのなかった地元の人たちの本音を、そして復興への真の手掛かりを聞き出すことができたのではと考えたからである。つまり一対一の対談では、相手側も緊張するだろうし、話の接ぎ穂を失うこともあるが、招かれた側が気の知れた友人同士であれば、話の内容そのものが立体化し具体化されるはずだからだ。おそらくブックカフェ「フルハウス」(これは柳さんの小説の題名でもある)設立のヒントは、この番組から生まれたに違いない。
 収録は25日(日曜)の午後二時から、場所は拙宅・呑空庵。その番組収録のあと引き続いてラジオ福島の菅原美智子さんとの対談もあり、さらには柳さんを取材中のNHKのカメラマン氏も加わって、総勢十名以上。幸いというか残念というべきか、美子は入院中なので、家じゅうの椅子を並べて、黙居老人としては嬉しい長時間取材であった。
 実はこの話が出るまで柳さんの作品を一つも読んでいなかったし、返信メールの一つで柳さんは最近出た『情熱の哲学』を購入してお会いするまで読むつもり、と書かれていたので、慌てて貞房文庫の目録で探すと『水辺のゆりかご』があったが、私が読んだ記憶はないのでこれは美子が読んだものらしい。しかしどこに隠れているのか見つからない。それでは、とアマゾンに急遽、二冊を注文したのだが、美子の入院に付随するごたごたでついに読まないまま当日を迎えた。そのことを率直に柳さんに白状したが、柳さんもまだ拙著を読んでいなかったそうで、これでおあいこ。しかし一切の先入観無しでお会して正解だったかも。というのは初対面から柳さんの中に気の合う友人を見出したから。柳さんにも言ったが、もしもばっぱさんが生きていたら、そして美子が認知症にならなかったら、私同様、すぐ親しい友人になっただろう。たぶんこれは『情熱の哲学』の前書きにも書いた「魂の同質性」のしからしむるところ。つまり人と人を強く結びつけるのは、たとえば何に感動するかとか、どんなものが好きか、ということ以上に、何に対して闘いを挑んでいるか、あるいは何に対して真に怒っているかが決定的要因だと思っているので、柳さんの中にもその「怒れる人」を初対面から感じたからであろう。
 もちろん私の側の「ふたり」はいつもお世話になっている西内さんとだった。そしてその鼎談の後にラジオ福島の収録が続いたが、なにせ人との会話に飢えた独居老人(美子が傍にいないのでまさに独居状態)には格好の獲物が大量に舞い込んだ(皆さんスミマセン)なので、まったく疲れを知らずに話し続けた午後でした。

「世界一美しい場所」の話に続いては「世界一ばっちい話」です。

そして翌日が美子の手術。息子夫婦に付き添われての病院訪問だったが、気のせいかどうも足元がふらついていた。
 さらにその翌日(つまり昨日)の昼前、前から予約していたパリミキからの補聴器レンタルの交渉で二度ほど自宅との間を往復したあと、いつものように昼食を食べて机に向かったが、或る人へのメールの返信を書いているうち、なぜか続ける根気が無くなり、ベッドに横になったが眠れず、仕方なく起き上がって(スミマセン、ここからはちょっと汚い話です)机に向かう途中、吐き気を催し、堪えられずすぐ傍にあったゴミ袋に大量に吐瀉した。こんな体験は初めてなので自分でもびっくりしたが、ちょうど心配で来てくれた息子夫婦がすぐクリニックに電話してくれた。一人だったらその知恵さえ思いつかなかったかも知れない。
 終業間際のクリニックに息子が車で連れていってくれ、診察にも同席してくれた。息子を頼もしいと思ったのは(たぶん)これが最初。そして医師の診断は熱もなく下痢症状もないウィルス性胃腸炎。おそらくこの十日余りの心労やら疲れで普通なら免疫力が働くのにそれが働かなくって招いた結果なのだろう。
 スミマセン、美しい前半部のあとにこんな長々としたばっちい報告までして。処方してもらった二種類の錠剤を昨夜から今朝、昼の食事前に飲んだ成果が出たのか、いまはすっかり落ち着いてます。
 最後に今日「南相馬ひばりエフエム」の■さんから来た放送日程をお知らせします。
FMラジオのことは全く知りませんが、全国どこからでも聞けるのではと思いますので、お時間が空いていればぜひお聞きください。

「第293回 柳美里のふたりとひとり
初回放送 3月2日(金)夜8時30分~(30分番組)
再放送 3日(土)午後1時30分~   6日(火)夕方4時~
南相馬ひばりFMは市内では87.0MHzで、全国(全世界)でもネット回線を利用したサイマルラジオ http://simulradio.info/ や無料アプリListenRadio (リスラジ) http://listenradio.jp でお聴き頂けます。」

※今回のブックカフェはクラウドファンディングという方式で資金集めが行われたが、私はフェイスブックなど使ってないのでどう協力したらいいのか分からず、鼎談当日、かえって面倒をおかけすることになったかも知れないが直接「貧者の一灯」を差し上げ、これで口だけの応援ではなく実質的にもちょっぴり協力できたと自己満足してます。
 柳さんのブログ https://motion-gallery.net/projects/fullhouse-odaka
に拠れば、いま現在、コレクター488人 現在までに集まった金額7,283,050円 残り日数9時間だそうです。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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世界一美しい場所 への1件のコメント

  1. 佐々木あずさ のコメント:

    柳さんは赤旗日刊紙でエッセーを書いています。読むたびに、小高の町の本屋さんが交流ステーションになるであろうことを想像し続けておりました。先生が柳さんとつながりをもち、心の交わりが始まったことに喜びを感じております。美子奥様の傍らでお二人が語りあうひと時を持つ日を信じて…。

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