おや、こんなこと書いていた

書くことが無くて、というのではない(とわざわざ断るのはちと怪しいが)。この頃、時おりむかしのブログを読み返して過去への遡行を試みている。先ほども、こんな文章を見つけた。そっくりコピーしよう。ガキの頃はは相当危ないことやってたんだ。小さなタンコブ一つで良かった、良かった(敬愛する笠智衆さんの物真似で)。


花曇りの中で

 浜通り地方は午前中天気はぐずつきますが、午後には回復に向かうでしょう、との予報通り、大熊町からの帰途(美子のお母さんウメさんがそこのグループホームにお世話になっていたので、きっちり十日ごとにお見舞いに行っていた。3年間だから合計百回以上は通ったか。そこの親病院の双葉病院は原発事故後カルテも付けないで病人を搬送して十人近く途中で死亡。これについては「想定外」のこととして未だにだれも責任を取らないままである)行く手がしだいに明るさを増してきた。なぜか私は薄曇りや花曇の不思議な明るさの中で、思い出の小径へと導かれることが多い。少し意識を凝らせば、そのうちの一本へ容易に入っていけそうだ。幸い眠気もないことだから、運転に気をつけながら少しその小径を進んでみようか……
 いや嘘をつくのはやめよう。以下のことは確かに車の中でフラッシュバック風に思い出したのではあるが、脈略をつけて思い出したのは家に帰ってきてからである。しかし夕食前にほとんど書き上げたのだがどうもしっくりこない。つまりなぜそれを想い出したのか、その意味が分からないのである。もちろん想い出なんてものはそんなもので、強いて意味づける必要はないのだが。いや待て、分かった、なぜそのことを思い出したのか。
 花曇の中、一つの風景が浮び上がってくる。満州からの引揚げの途中らしい。これはどこの町だろう、小高い丘の上の、校舎のような建物が連なっている。そうだ私たちが逗留していたのは坂道の一番下の棟だった。ある日、その坂道を上がってくる他の棟の男の子にふざけて投げた小石が、まともに彼の頭に当たってしまった。数人の友だちもそれぞれに投げたのだが、私の石が当たったとの感触があった。幸い小さなたんこぶを作っただけだったらしいが、たいへんなことをしでかしてしまった。
 夕刻、その子の棟の大人が数人押しかけてきた。私たちは玄関脇の物陰に隠れていたが、応対した私たちの棟の小父さんがしきりに謝っている声が聞こえてきた。たしかに石をぶつけたのは悪いが、その子からは以前それ以上の被害を受けていた。だからあそこまで無条件に謝るのは行き過ぎだくらいに思っていたようである。
 男たちが帰っていったあと、小父さんはみなの頭をひとわたり撫でながら、世の中にはたとえこちらに非がなくても謝っておいたほうが丸く収まることがある、と言った。あのとき初めて世の中には「建て前」というものがあり、それが大人たちの世界を動かしているんだ、と落雷に打たれたように悟った。
 そう、確かにこのことをきっかけに世の中の動きが本音と建て前の二重構造になっていることを認識し始めたわけだ。だがもう建て前はネクタイとともに捨てよう。残された日々、可能なかぎり本音で生きていこう

(2003/3/17)

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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