朝日新聞夕刊の『惜別』で、震災後、父が大変お世話になった浜田記者が、心のこもった追悼記事を書いてくださりました。浜田記者は、父の精神を根っこの部分から理解してくださった父の最晩年の恩人の一人なので、記者のご承諾の上、全文を転載させていただくことにします。死のひと月前になる11月16日の投稿で、父は母あっての自分であると、二人で金婚を迎えた喜びと感謝を母に捧げていました。そんな父を最後まで支えたのが、母の存在があったからこそ「魂の重心」を低くし得たとの認識であり、「魂の重心」は、震災後の浜田記者による取材、その対話の中で生まれた言葉です。震災後の奈落の底から辿り着いた父の生に対するパースペクティブを表わす言葉でした。
「富士貞房Jr.」識
【 追 記 】
16年前、東京に別れを告げ、病身の母を伴って父祖の地、(南)相馬に移り住んで始めたモノディアロゴスという父の集大成としての「仕事」。どのような思いで父はこの仕事に取り組んできたか。長年、ご愛読くださったある方からのコメントが、それを、父の姿の真実を表わすものとして、これ以上のものはないと思いました。ご許可を得、以下に紹介させていただきます。これで息子として本当に「パパ、本当によくがんばったね」と父にしばしのお別れをすることができます。
「富士貞房Jr.」識
スイスにアミエルというモラリストがいました。この人の『アミエルの日記』という著名な書物がありますが、その中でこんなことを言ってます。「人間の真価を直接に表すものは、その人の所持するものでなく、その人の為すことでもなく、唯その人の有る所のものである。偉大な人物とは、真実な人のことである。自然がその人の中にその志を成し遂げた人のことである。彼等は異常ではない。ただ真実の階梯を踏んでいる」。まさに、先生はそういう人ではないでしょうか。おおかたの人たちは自分にありもしない衣を身に纏って生きているものです。真実の階梯を踏んで生きる人はいません。ですから、先生には他者の建前がよく見えていたはずです。本音で生きることの大切さをよく言われていました。そして、人間の幸せは心に持ち、心に受ける愛からしか生まれないことを日々のブログの中で行間に滲ませていました。ですから先生の文章から読者は永遠的価値を学び、心に安堵感を感じていたと思います。
※1月15日付の投稿を、こちらに移しました。
朝日新聞浜田陽太郎記者の「惜別」拝読。「奈落の底」からの力あふれる言葉と「魂の重心を低く」構える生き方。今一度かみしめています。