21. 人間学紀要6「はじめに」(1999年)

 

 今年もまた『紀要』刊行の時期を迎えた。大学を取り囲む状況が昨年の同時期よりもさらに厳しさを加えていることを思うと、一瞬、気力も萎えてしまうが、しかしこの逆境にあってこそ紀要刊行の意義も倍加する、と気を取り直して準備に入った。
 今回も「人間学」受講生のレポートを中心に編んだ。こうしてまとめられた学生たちのレポートを読み返しながら改めて思うことは、彼女たちがこの先、このまま大きく成長していってほしいこと、さらに純心という一つの小さな教育の場を中心に考えるなら、純心の未来像はまさに彼女たちの経験や方向性の中から見えてくるもではないか、ということである。簡単に言うなら、何人かの学生が記録しているように、この大学での四年間の生活の中で、彼女たちが、小さな、あるいは大きな自己発見の契機をしっかりつかむのを手助けできる大学、つまり語学その他の専門的な知識・技術習得はもちろん大切だが、しかしそれと並行して、否、それにも増して、大学が真の意味での人間形成の場であること、「自分の目で見、自分の頭で考え、そして何よりも自分の心で感じる」人間を育てること、すなわち純心が四年制大学に踏み切った際に掲げた「教育理念」の文言、

「キリスト教ヒューマニズムを基盤に国際化社会・地球一体化社会の真の平和と福祉に貢献しうる聡明で感性豊かな女性、人間と社会の新しいあり方、その真の幸福を求めて果敢に挑戦する創造性豊かな教養人の育成を目指します。愛に根ざした真の知恵、
これが私たちの教育・研究のモットーです」

が現実化されうる大学をはっきり目指すべきではないか、ということである。人間教育とか教養というものは、ともすればかつての「一般[教養]科目」がそうであったように、薄味で、特徴のはっきりしないものになる危険性と背中合わせである。しかしここでしっかり確認すべきは、われわれが考える「人間教育」とか「教養 (文化)」というものは、教える側にとってもまた学ぶ側にとっても、実は専門的知識の習得よりはるかに厳しく、しかも難しいものであるということである。

 人間学の講義ではこれまでずっとオルテガの『個人と社会』を教科書というより副読本として使ってきたが、今年度の後半には、彼の『大学の使命』を取り上げようと思っている。というのは、昨年東京外大での「スペイン思想」の授業で、学生たちとスペイン語で再読したのだが、現在の大学が、そしてまさにわれわれの純心が抱えているさまざまな難問に、この大学論の古典が、いまだに (というより今こそ) 驚くべき有効性を備えていることを再確認したからである。『大学の使命』の中で彼はこう言っている。
 「生は混沌であり、密林であり、紛糾である。人間はその中で迷う。しかし人間の精神は、この難破、喪失の思いに対抗して、密林の中に《通路》を、《道》を見出そうと努力する。すなわち、宇宙に関する明瞭にして確固たる理念を、事物と世界の本質に関する積極的な確信を見出そうと努力する。その諸理念の総体、ないし体系こそが、言葉の真の意味における教養[文化]である。だからそれは装飾品とは全く反対のものである。教養とは、生の難破を防ぐもの、無意味な悲劇に陥ることなく、過度に品格を落とすことなく、生きて行くようにさせるところのものである」(井上正訳『大学の使命』、桂書房、一九六八年、二十八ページ)。

 純心はこうした人間教育・教養 (文化) の育成を「キリスト教ヒューマニズム」を基盤にして実践すると謳っている。しかしこの「キリスト教ヒューマニズム」もまかり間違えば、凡百のヒューマニズムの中に埋没してしまう。しかしだからといって、旗印を鮮明にすることに執着するあまり、純心の独自性はキリスト教主義、それも正統的カトリシズムにありと主張し、主張するだけでなくその路線を突出させていくことは、危険かつ不毛な隘路に踏み入ることになる。だいいち、キリスト教を知らぬ圧倒的多数の学生たちにとって、カトリシズムの正統と異端の峻別が何の意味があるというのだろうか。もしも万が一そうした方向性を画策する人がいるとしたら、衷心よりお願いしたい。どうかわれらの純心を狭隘なセクト主義の牙城にしないでほしい、と。言論の自由は憲法でも保障されていることであるから、個人的な信念に則って「正統性」擁護の主張をすることはいっこうにかまわない。しかしこの小さな学園そのものを好戦的で時代遅れな主義主張の砦にすることだけは絶対にやめてほしい。

 すでに一般紙でも大きく報じられたことではあるが、先頃 (三月十二日) 教皇ヨハネ・パウロ二世は、バチカンの聖ペトロ大聖堂で、「ユダヤ人や異端者、女性や先住民たちへの対応を含む教会の過去の過ちについて、ゆるしを願った」(『カトリック新聞』、三月十九日号)。二千年という区切りの年を待っていたのかもしれない。たしかにこれは教会史上初めての画期的な決断かもしれないが、しかしそのあまりの遅さに驚いてしまう。なぜならすでに第二バチカン公会議で次のような決議がなされていたからだ。
 「かくして私たちは、人間とは何よりもまず兄弟たちと歴史に対して責任を持つ者であるとする新しいヒューマニズム誕生の証人である」(第二バチカン公会議「現代世界憲章」)。
 純心の教育理念が掲げる「キリスト教ヒューマニズム」も、ここに言われている「何よりもまず兄弟たちと歴史に対して責任を持つ」新しいヒューマニズムであるべきことは言うまでもないであろう。この新しいヒューマニズムを中核に据えるとき、純心の進むべき方向性は徐々に浮かび上がってこないであろうか。このキリスト教ヒューマニズムについてはすでに他の箇所で繰り返し述べてきたので (特に『人間学紀要』第2号、一九九四年) ここでの詳説は避けるが、ただ一つだけ指摘しておきたい。今年度から始まる新カリキュラムで「現代アジア論」を担当予定の久保田教授は、純心の将来構想の一つとして、アジアからの、あるいはアジアへの学生の交流を、さらにはキャンパス内にアジア系 (もちろんそれに限定しないが) 学生のための留学生会館の設置など思い切った施策を打ち出すことを提唱なさっている。私自身、一九九五年七月十五日発行の広報誌『えにしだ』の「純心の人間教育」の中で五番目の提案としてこう書いておいた。
 「⑤ 欧米に姉妹校を求めるだけでなく、発展途上国の (特にアジアの) 大学 (たとえばカトリック系女子大) とも提携すること (発展途上国の姉妹たちとの友情・相互理解抜きで真の国際感覚は育たない)」。

 ここまで来たら (?) 英米文化という学科名にとらわれる必要は毛頭ないであろう。もちろんシェイクスピア研究やアメリカニズム研究もあっていいが、先進国詣で的なメンタリティーからの脱却が必要である。純心が育てたい学生像の一つに、世界の南北問題に寄与できる女性の育成が望まれるからである。前述したように、ここでは純心浮上のためのその他の施策については繰り返さない。前号をお読みいただければ幸いである。

(中略)

 三月十八日 新宿のホテル・センチュリー・ハイアットの三十九階。ざわざわと会場全体が騒がしい。先ほどからその雑踏を避けて、窓から見える東京の町並を、午後の光のなかに遠く煙る山並みを (先程一人の親切なウエーターが富士山のありかを指さしてくれた) ぼんやりと眺めていた。昔から謝恩会というものにどうもなじめない。学芸会の楽屋に迷い込んだような気持ちにさせられる。女の子たちはどうしても自分のお化粧や晴れ着に神経が向かっていて、どこか浮ついた言葉が行き交う。しかしなにか満たされない気持ちが棚引いているのは、それだけの理由ではなさそうだ。昨日来の式辞や挨拶の中に、現在純心が置かれている現実がまったく反映していなかったことに対する違和感のようなものが底流していた。巣立っていくお嬢さんたちには、このお目出たい席では、苦しく厳しい現実は知らせないでおこうという親心からだったかも知れない。もちろん私とて、式辞や挨拶の中に、喜びに水を差すような言葉をはさむことの愚は承知している。しかしそれでもなお、何かがおかしい。これではすべてがフィクションになってしまう。大学の現状を知らせないで本当の愛校心が生まれるだろうか。
 考えて見れば、そうした「思いやり」こそが純心の体温を低めてきた原因の一つではなかったか。学生に対して、時には厳しい現実を率直に語るべきだったし、相談すべきだった。そして純心に対する不満や要望を、なだめるのでなく受け止めるべきだった。この厳しい現状から純心がそれこそ起死回生の逆転劇を演じるには、大学を構成するすべての人に現実を全的に引き受ける勇気と覚悟が不可欠だからだ。自分たちが今、もう後のない絶体絶命の窮地に立っていることの自覚からしか力強い再生の一歩は始まらない。

 ……気がついてみたら、その学生の目に涙があふれていた。顔見知りの学生と一緒に近づいてきた。一度も教えたことのない (と思うが) 学生と話しあっているうち、その学生にいつのまにか純心の窮状を語っていたようだ。
「いや、ごめんごめん、こんなことを卒業していく君たちに言いたくはなかったけど、でも僕が君の立場だったとしたら、秘密にされるより、率直に教えてもらいたいと思ったはずだから…..」
「先生、教えてもらってむしろありがたいと思います。先生方苦労していたんですね、私たちぜんぜん知りませんでした」
「でも、それを知った以上は、今度は君たちがそれぞれの場所で精一杯活躍することだね。先生たちにとって、それがなによりの励みになるのだから。力強く前進してもらいたい。でも、時には後ろを振り返って声をかけてください」

 その学生の思いがけない涙は、むしろ清々しくさえ見えた。その日初めて心と心の対話が成立した思いがしたからであろう。時に現実は苦々しく厳しい。しかしそれに目を塞ぐことからは何事も生まれない。なぜなら、希望は現実の厳しさを見据え引き受けることからしか生まれないからである。