ある公開質問状

とつぜんお手紙差し上げる失礼をお許し下さい。当方は毎週、「ゆめはっと」の教室をお借りしてボランテイアでスペイン語教室を主宰している佐々木孝という者です。ここで自己紹介をすべきとは思いますが、それはGoogleあるいはYahoo!で検索してくだされば、最初もしくは2番目に出てくるサイトに詳しく掲載されておりますので、その方にまかせて、さっそく用件に入らせていただきます。
 12月4日のことですが、いつものとおり午後7時8分前くらいに鍵を借りに事務室に伺いました。するとあと3分ほど後に来てください、とのこと。最初にお借りしたときから、10分前には鍵を渡します、と言われていたので、たぶん前の時間に借りている人がいるのだろう、と思い、教室近くに戻りました。そこにはすでに受講生が数人待っておりましたが、誰も教室は使ってなさそうだと言います。待つように言われた3分も過ぎましたので、改めて事務室に行きましたが、その際、係員とのあいだで非常に不愉快なやりとりがありました。
 些細な行き違いと言えばそれまでですが、しかし文化振興施設の管理者と利用者との本来あるべき関係という観点に立つなら、決して看過すべきではないと考え、ここに敢えて公開質問状という形で、関係各位に私見を申上げることにしました。本質問状をお読みになった上で、しかるべきお答えをいただければ幸いです。
 具体的な話に移ります。私たちは当初からその当時の係りの言うとおり、教室の鍵を開始10分前から事務室に取りに行っていました。10分前というのは、講義を始める前に先ず机や椅子そして黒板(ボード)を運び入れるのに優に10分はかかるので当然の流れでした。ですから貴施設を借りるときは(先約のある場合には隣の文化センターを使ってます)仲間内では授業開始時間を7時10分ということにしています。20名ほどの受講者の中には双葉郡の葛尾や新地などの遠方から参加している方もいますので、本当ならすでにセットされた教室に入って予習なり休むなりしてもらいたいのですが、施設側スタッフの事情もあるのでしょう、と思ってきました。契約時間は7時から9時までですが、授業そのものは8時30分に終わり、後は机などを元に戻し電気を消して、最後に鍵を事務室に返してから帰るので、正確に言えば使用時間は1時間30分くらいになりましょうか。
 さて当日のやりとりのことです。鍵はこれまでのように10分前に渡してもらえないかとの私のお願いに対して、係員は、いやそれは困る、きっちり5分前になるまでは鍵は渡せないの一点張り。私たちとしては教室の準備のこともあって、最初の契約時から10分前には渡すから、と言われたと主張すると、いやそれはその係りの間違いで、私の方が上司なので、以後5分前は厳守すると、かつての役所なみの、と言えば役所の方に失礼ですが、答えしか返って来ません。10分前に渡すことで、どんな不都合もしくは実害が生じますか、というこちらの反論に対して、10分前でも例えば私が借りていましたと言う人が現れたらどうするんですか、とおよそ小学生のような反論です。いやその時間に借りた人がいるかいないかなど記録を見れば即座に分ることではないですか、との再反論に、先のような反論がオーム返しに返ってくるだけです。あまりに馬鹿げた議論なので、話を打ち切って帰って来ました。
 その係りの人にも言ったことですが、このやりとりには市民の文化活動に対してあるべき配慮が抜け落ちています。遠いところから夜分、勉学への熱意で通ってくる市民に対する配慮や理解などこれっぽっちも感じられません。自分のことを言うのも変ですが、私自身スペイン語を勉強したいという皆さんの熱意になんとか応えようと老骨に鞭打って無報酬で頑張っております。もちろん施設の経営管理は営業として成り立つ必要があるのは分ります。ですから私たちも決められた料金を払って使わせてもらっているわけです。しかしこうした文化施設、しかも公的な性格を持つ施設使用でもっとも大切なことは、施設管理者と市民・使用者が互いの立場を尊重しながら、できるだけ円滑かつ有効に、市の文化振興のために協力し合うことでないでしょうか。機械的で融通の利かない対応ではなく、人間的で柔軟な対応が求められます。
 実はこの際だから申上げますが、つい2週間ほど前にもちょっと不愉快なことがありました。簡単に言えば、私たちの前に時間ぎりぎりまで使っていたグループのあとに教室に入って、急いで机などを準備していたのですが、先ほどの係りとは別の人が来て、きつく咎めるような口調で、「鍵のまた貸しはやめてください!」と言ったのです。つまり先の使用者から鍵を受け取ったことが気に入らなかったようです。これには私たちも唖然としました。日本語の使い方を知らない外国人かと思いましたが、どう見ても日本人です。「また貸し」とは持ち主の許可を得ずに、勝手に第三者に貸すことです。私たちの場合、それぞれ事前に貸借契約を結んでいる者同士なのですから、「また貸し」はとんだ濡れ衣です。ただしその時は、帰り際にその係りから誠実な謝罪の言葉がありましたので、そのことは忘れることにしました。
 そのときも思ったことですが、どうもこの組織では現場の者の状況に応じた適正かつ現実的な自主判断の指導がなされていないのでは、ただただマニュアル通りの対応しか出来ない人材育成しか出来ていないのでは、といった疑問でした。分りやすい例えを使えば、たとえばある売り場で、客が二千円の値札のついた商品を見て、持ち合わせの金が十円足りないのだがまけてもらえないか、と言った場合、そこの店員さんが「よろしゅうございます、十円サーヴィスいたしましょう」と言うか、困ったような顔をして、「それはできません」とか「一寸待ってください、店長に聞いてきますから」と言うのとでは、商売繁盛という意味でも天と地ほどの差が出るのは明らかでしょう。要は現場を任された者が自信をもってある程度の自主判断をもって客に対応できるかどうか、その許容範囲の問題です。後者のような店にリピーターが出来ないのはとうぜんです。
 少々どころか大幅に予定を超えて自説を展開してしまいましたが、貴文化振興事業団のお考えをぜひお聞かせください。最初に申上げたように、本質問状はこの書状を郵送するのと同時にネット上で(といっても私のサイト上ですが)公開の形をとっておりますので、お答えも公開にさせていただきますことをご承知おきください。

 貴事業団のますますのご発展を願いつつ、

十二月六日


                                   佐々木 孝

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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