夢の尻尾が掴めない

夢は長い間見なかった。見たのかも知れないが思い出せるような夢は見なかったと言い換えてもいい。ところがどうしたことか、最近はよく見るようになった。でもよく考えると、夢というものは不思議なメカニズムを持っている。日中経験したことが潜在意識に記憶され、それが睡眠中に出てくると思われているが、そうとは言い切れない。いや、きっかけはそうかもしれない。しかし夢はそれ独自のメカニズム、それ独自の文法で展開される。
 もっと正確に言えば、世に言う夢占いやフロイトの夢判断では解釈しきれない、もっと得体の知れない世界だということだ。漱石の「夢十夜」や百閒の「冥途」などの面白さもそこにある。そんなむかしの作家のものでなくとも、島尾敏雄の夢に傾いた作品など、目を開いて書かれた作品以上に面白い。夢の世界を描写していると分かっていながら、不思議な臨場感というかリアリティーを感じる。
 もちろんそのリアリティーは現実世界のそれとは違うリアリティーである。白昼世界の約束事や因果関係が通じないところのリアリティーである。
 …とこう書きながら、今朝方ありありと見た夢のことを書くきっかけを探していたのだが、今回はうまく書けそうにもないことに気づき始めている。夢を描写するにはそれ相応の訓練というかテクニックが必要らしい。現実世界のことでさえうまく書けないのに、夢の描写にまで手を広げるのは無謀である。それは分かっているのだが、今朝方の夢はそれだけ魅力的だったわけだ。それなのにいざ書く段になって、この体たらくだ。
 次の機会を待つことにしよう。
 昨晩から真冬並みの寒さである。猛暑のときは文句たらたらだったが、今となってはあの暑さが懐かしい。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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