王様の耳はロバの耳

昨日は言い忘れたが、西澤龍生先生から先日に続いてもう一冊ご本が届いた。『ミダース王』(清水書院、センチュリーブックス)である。出版がたまたま重なったのであろうが、しかしそれにしても老境に入って(とは失礼な言い方かも知れないが、御礼のお手紙にも同じ言葉をつかった)ますます盛んなお仕事ぶり、まさに圧倒され、そして勇気を与えられる。
 センチュリーブックスは古今東西の思想家や偉人たちの伝記を扱う叢書、今回の『ミダース王』で181冊を数える。すべて実在の人物たちを扱ってきたはずだが、ミダース王は現実と伝説にまたがった人物で、このような例はこの本が第一号とのことである。
 ぱらぱらとページをめくっただけだが、神話学、歴史学、思想史、文学、など知の世界を自在に行き来するまことに興味深い内容である。ところでミダース王とはそも何者か。
 ミダースとはフリュギア王で、欲の皮がつっぱっての願いで触れるものがすべて金になって往生する物語や、その神様からの罰でロバの耳をつけられてしまった伝説で有名な人物とある。触れるものがすべて金になるという故事と「王様の耳はロバの耳」という言葉だけは辛うじて知っていたが、フリュギアとはどこにあった国か、それさえ知らないのだ。
 あわてて調べると、フリュギアとは小アジア中西部、ハリュス川西方の標高約千メートルの広大な高原地帯で、前1100年ころトラキアから移住したとされるフリュギア人によってこの地名が生まれた…それでそのトラキアとはどこ? 次々と分からないことが出てきて、もしでてくる難問を調べていったら、もう一生そこから抜け出せなくなるのではないか。
 スペイン語を学ぶ学生によくする冗談話に、西西辞典は面白いよ、一度使ってごらん。でももしかすると一生そこから脱出できないかも知れないよ。つまりある言葉の語義を説明するスペイン語の中に必ず分からない単語が混じっているから、次にその単語をスペイン語で引く。しかしそこにも分からない単語が出てくる。でその言葉を引く。そこにも…こうして探索の旅は果てもなく続く…まるで迷路に迷い込むのと同じ危険が待っている。
 西澤先生のような該博な知識と、それを牽引する飽くなき好奇心あって初めて開かれる興趣尽きない学問の世界。しかしその好奇心はいたずらに拡散するのではなく、時おりの結節点で収斂する。たとえば今回は、長年のオルテガ研究とりわけ『楽土論』の翻訳などで戦利品として持ち帰った論法を自身の神話学構築に供する。そして先日ここで紹介したルカーチ論とミダース王伝説を結びつける…
 いやまだ読んでない段階での早合点はやめておこう。ともかくよい意味でのディレッタンティズムの横溢した筆運びにただただ感嘆する。この境地に達するまで、おそらく気の遠くなるような研鑽の日々があったんだろうな、と推測するだけである。この私も、と高望みはやめておこう。あゝ惜しむらくは、残され時間の短さよ。せめて先達の歩いた足跡をたどることで満足しよう。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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