大凪のような一日

朝から天気が良い。考えてみれば今日は日曜。退職後、とりわけ相馬に戻ってからはいつも休日、つまり基本的に連休で、曜日の感覚がなくなっていたが、震災後はそれがさらに嵩じて、まったく曜日感覚が麻痺している。窓の外の網戸の網の一部が剥がれて風にはためいている。なぜか唐突に、行ってみたこともない塩屋岬のイメージが浮かんだ。たぶん昨夜テレビに流れていた美空ひばりの歌が頭に残っていたせいだろう。

髪のみだれに 手をやれば 赤い蹴出しが 風に舞う
憎や 恋しや 塩屋の岬 投げて届かぬ 想いの糸が
胸にからんで 涙をしぼる(星野哲郎作詞、船村徹作曲「みだれ髪」)

 ネットで調べてみると、今回の津波であのいわきの岬にも被害があったらしい。
 世間には、と、とりあえず言うしかないが、以前のような時間の流れが戻ってきているのであろうか。つまり一昨日、昨日とやり場のない怒りが沸点に達して、その状態のままの文章を立て続けに書いたが、ちょうど大凪(デッド・カーム)に入ったようにそよとの風も吹かなくなった、つまり一切の反応が返ってこなくなってしまったのだ。そうだ日曜なんだ、とそこで気づいたのである。私もあせらず休日モードに換えた方がよさそうだ。
 ちょうど折り良く、震災後はじめての客人が、それも二組もわが家を訪れた。最初は昨日の午後、大学時代の、というより一生の師である今は亡き恩師の息子さんが、勤め先の大学の被災地支援プロジェクトの下調べに来てくれたのだ。町とのパイプがほとんどない私の代わりに、今や町の長老(?)西内君にすべてをませた。宿泊はわが家で、あとは昨日から今日の昼過ぎまで、西内君のお世話できわめて実務的な下調べと人的交流ができたそうで、今日の午後喜んで帰っていった。
 二組目は、ちょうど入れ替わりに昔の教え子がご主人とお嬢さんと一緒に、他の何人かの同級生たちの支援物資をとりまとめて車で持ってきてくれたのである。もう何十年も昔、大学の聖堂で行なわれたご夫妻の結婚式のことを懐かしく思い出した。それがいま、立派な社会人になった娘さんがいるのだ。曜日感覚どころか時間感覚そのものが大混乱を来たした日曜の午後となった。
 こういう言い方をすれば語弊があるかも知れないが(「語弊」という言葉が正にぴったりの場面だ)今度の大震災のおかげで、これまでまったく音信が途絶えていた人たちと思いがけなく旧交を温める(あまりぴったりしない表現かも)ことができたし、これから先出会うはずもなかった人たちと知り合うことができた。実際、人生どこに何が転がっているか、まったく分からないものだ。
 ともかく久し振りの休みのような一日だった。さて明日からまた元のように頑張れるか。折りしもテレビでは、各政党の若手議員(あゝ震災後、私から見ればみんな猪口才な若手に見えてきた)が、「さて今回の大震災を踏まえて原発の今後はどうあるべきか、再検討の段階に入ったように思います」。おいおい、再検討? お前自身はどう思ってるん? 民意の動向を確かめた上でだと? なにをこの期に及んでたわけたことを言ってるんだい。お前自身がどう考えてるかを言わんかい! 態度を鮮明にするのは時期尚早だと? ダチョウ・クラブの上島みたいなこずるい態度をするんじゃないよ! えっ、もともと自分の考えなど持っていないの?

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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大凪のような一日 への1件のコメント

  1. 松下 伸 のコメント:

     佐々木 さま
     
     「大凧のような一日」・・?
     シュールなお題と、驚きました。
     「大凪」の読み違いでした。
     四海波静かの由、安心しました。

     「チョコザイな」
     同感です。
     民権と公権の区別を知らない。
     もっと率直に、もっと謙虚に。
     そう思います。
                   塵 拝

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