誰か故郷を想はざる

久しぶりの雨である。それも天気予報の言葉でいえば強雨である。しかし先ほどから別のことに注意が行ったっきりである。つまり波風立たぬ、ゆっくり時間が流れる、この何のノルマもないのんびりした日常に、とつぜん突風が吹いたようなのだ。血が逆流する時のようなあの懐かしい感覚。
 昔は時々こんなことは経験した。たとえば今日は講義の無い日だと思っていたら、とつぜん教務課から電話が入り、先生、教室で学生が待ってるそうです、なんのご連絡もないので念のためお電話したのですが……えっ、今日は火曜日だろ、と時計を見たらなななんと水曜日…
 午後から降り出した雨に気を取られて忘れたわけではない。朝から、いやとっくの前から、今日のことをすっかり忘れていたのである。寺山修司を記念しての「第48回 風の祭り 誰か故郷を想はざる」が、夕方六時から隣町の浮舟文化会館で行われる日だということを。寺山修司についてはほとんど何も知らないので、弟子筋に当たるらしい歌人の福島泰樹という人も、歌・ギターの三上寛という人も知らない…いや三上寛はテレビで何度か見たことがあるな。いずれにせよもともとあまり関心が無かったのに、こんな田舎によくぞ来てくれる、というより、こんな田舎でこういう催し物を計画する人たちの熱意にほだされてチケットを購入していたのだが。
 前売り券3,300円、それに妻の分も入れると合計6,600円也が無駄になったのは痛い、実に痛い。スーパーでの買い物に10円きざみで安いか高いか判断してるというのに…最近買い物を手伝ってくれる息子の嫁がさらに節約を励行してくれているというのに……
 チケットを取り出して確かめると、明日いわき市平のカトリック教会で行われる同一の興行にも使えるらしい。それならせめて姉夫婦に使ってもらえるなら少しは諦めがつく、とさっそく姉に電話したのだが、ぜんぜん興味がなさそう。どなたか若い信者さんで行きそうな人いないかな、とまで粘ってみたが。
 でもこの雨の中、たとえ今日のことを覚えていたとしても、果たして会場まで行ったかどうかは分からない。駐車場だって満杯だったろうし、車が事故ったり、雨に濡れて風邪を引いたりしたら、と考えると6,600円より高くつく。もうみみっちいこと考えるのヤーメた、文化事業(?)に寄付したとでも思おうっと。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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