秋来ぬと

宿題は一日延ばしにして、今日も別のことを書く。宿題って何?とおっしゃるのか。有難い、それならそれで、そんなものなかったことにしましょか。
 ところで話はとつぜん変わるが、昨日あたりから右側(→)のサイド・メニューが少し変わっているのにお気づきでしょうか? 私のホームページを昔から世話してくれている■が急に思い立って少し模様替えをしてくれました。ブログとコメントの履歴情報が増えたので、ずいぶんと使いやすく見やすくなったし、その下に関連図書情報が並んでいて、興味のある方、購入希望の方にはすぐそこからお店に行けるようで便利になりました。
 けれどこの際だからちょっと宣伝させてもらいますが、ホームページの「呑空庵刊行物のご案内」の方も一度ぜひ訪ねてみてください。今年の夏のあの酷暑の中、身の痩せる思いで(それにしては少し<ですかー?>太ってしまいましたが)一枚一枚丹念に織り上げた私家本が皆さんのお目に留まるのを待ってるようです。こちらは作れば作るほど採算がとれなくなるという仕組みになってますが、でも著者としてはできるだけ多くの人に読んでもらいたいわけでして、はい。ネットで読むのとはまた全然別の印象があるはずです。
 台風一過のせいでしょうか、珍しく爽やかな午後でした。実に久し振りに美子を連れて夜の森公園に行きました。四時ちょっと前でしたが、足の長い秋の日差しの中、公園はひっそりと静まり返っていました。柴犬を連れたおじさん(なんて言っても、私よりずっと若い)が一人いましたが、彼とワンちゃんが帰ったあと、公園の中には私たち二人だけ。例の石のベンチに坐る前に、運動不足の解消にと、まずロータリーを歩き始めたのですが、なんと美子は前のめりになるような勢いで、小刻みに足を動かして歩き出しました。彼女なりに、久し振りの散歩が嬉しかったのだと思います。
 本当に静かです。いつもなら下のテニス・コートからポーンポーンと乾いた音が聞こえてくるのですが、震災以後、コートはいつも無人のままです。ベンチに腰掛けて足元や脇腹のところをくすぐるように通り抜けていく微風がまたなんとも言えぬ心地よさです。
 道の奥の秋はあっという間にやってきます。八王子から移り住んで、まず驚いたのは夏から秋へ変わるその早さでした。間もなく公園を取り巻く銀杏の木の葉が、急速に変化していきます。そんな時、いつも与謝野晶子の歌を思い出します。

   金色の小さき鳥のかたちして
      いちょう散るなり夕日の岡に

 おっとずいぶんと先走ってしまいました。大震災・原発事故のあとでも例年のように秋がやってくるのかどうか、心のどこかで危ぶむ気持ちがあったのですが、今年も間違いなく秋がすぐ側まで来ているようです。ありがたいことです、嬉しいことです。感謝します。
 晶子さんの歌より、今は藤原の敏行さんの歌の方がぴったりでしょうか。

   秋来ぬと目にはさやかに見えねども
      風の音にぞおどろかれぬる

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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秋来ぬと への1件のコメント

  1. 宮城奈々絵 のコメント:

    久しぶりにコメント致します。
    先生のNHK出演番組後の活発なコメント欄に少し気持ちが臆してしまい、専ら読み手オンリーになっていました。
    暑い中にもどこか涼しげな空気を感じ、秋が近づいているのだな…と思っていましたが、何やら得体の知れない哀しい気持ちにも落っこちてもいました。
    震災から三つのシーズンを過ごすのですね。
    私の気持ちの半分は、なかなか復興へと元気が戻らない東北へと向かい、半分が、この身がある、子供達との現実的な生活とに別れていますが、段々とその幅が開いていっている気がします。
    ここ関東の悠長さ、ある意味鈍感さに何だか孤独感を感じでいます。
    静かな公園の中で奥様と二人で静かに立っていらっしゃっる姿に胸が衝かれます。
    時々、賑やかなこの街にいて、心では別の世界の場所にいるかのような気持ちにもなります。
    先生と奥様の毎日の幸せがありますことを願っています。

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