冥土の土産

昼食を食べていたら、バッパさんが通りすがりにこう言う「美子さん、紅葉がきれいだから、あとから車で行ってみっぺ」。間髪入れずに私が間に入る。「紅葉って、昨日仙台の博兄と見てきたべ」。するとバッパさん、「いや、帰りがけに昨日の毛布見てーんだ」
 そこで遅ればせながら気が付く、そうだ、昨日からずーっと毛布のことがあきらめきれなかったらしい。「また子供みてーなこと言うな。家には毛布など腐るほどあっと」。「いやー、実際に見てみて、二人で駄目だと言うならあきらめっぺ。だけんちょも、あの黄色い毛布、暖かくて気持ちよさそうなんだ」。「ぜったい駄目だど」。こちらはなぜ買いたくなったか、ちゃーんとお見通しなのだ。つまり毛布そのものが気に入ったというより、一万五千円のものが五千円に値引きされていたからこそ欲しくなったのだ、と。
 二階に上がってきてから妻が言う。「あんなに欲しがってんだから買ってあげたら」
 バッパさん、昨日兄と二人で紅葉を見に出かけたついでにスーパーに寄り、そこで見た一枚の毛布がどうしても欲しくなったらしい。でもさすがの兄も、家にたくさんあるはずだからと止めたようだ。しかしプラモデルがどうしても欲しくなった子供のように、あれ以来毛布のことがどうしても頭から離れなかったのだ。
 とうとう根負けして、連れて行ってやることにした。ついでにバッパさんのホマチ (小遣い) から買うのではなく、こちらからのプレゼントにすることにした。それを聞いたときのあの嬉しそうな顔。ほんと、完全にガキ状態。「これで思い残すことねー。明日死んでもえーど」だって。
 スーパーからの帰り、車の後部座席で真剣な顔でこう言う。「ここまで来たんだから、冥土の土産にもう一度紅葉見せに連れてけ」「だって昨日見たんだべ。それに冥土の土産なんて殺し文句しょっちゅう使うなよ。百歳以上生きるんだべ。ともかく節度を守れー」
 でもこの糞エネルギーには驚かされる。かといって冥土の土産なんて言葉に踊らされていたら、それこそこっちの身が持たない。くわばらくわばら。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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