一大研修センターを!

「しばらく見ないうちに、政治の世界のグレーツさかげん、また加速しとるね」
「そろそろなにか言い出すかな、と待ってました」
「そう、そんなふうに見えた? ほんとのことを言うと、あまりの馬鹿らしさに、開いた口がふさがらないまま、おかげで口の中はカラッカラ。何にも言いたかないんだよ」
「まあ、そう言わずに少しボヤイてみたら? 黙ってると精神衛生上良くないすよ」
「なら、一つだけ。なにやら民主党も自民党も次期代表やら総裁だかの選挙が近いらしいけど、傑作だね土壇場に来てはしご外された人。いままでさんざ悪口言ってきたけど、こうなるとちょっと同情しちゃうな。それにしてもはしご外した人、なんだかますます人相悪くなってきたね。顔のことはともかく、両党の候補者をずらっと並べてみると、落ち目の民主党の方が少しはマシな顔ぶれに見えてくるから不思議だね」
「またまた出てきましたね御曹司が」
「だれのこと? あゝあの人ね。あの人、首相の座に何日座ってたんだっけ? またぞろご出馬とは、自民党も駒不足なんだね」
「いや駒不足というより、最近の領土問題再燃の機に乗じて、強い日本とやらを主張する好機とみたんじゃないの?」
憲法改正とか集団自衛権の行使とか、いやにキナ臭い主張を並べたね
「それに大阪維新の会がいよいよ国政に乗り出すとかなんとか、よほど注意しないと大きく右旋回しそうな雰囲気になってきたね」
「それにしても最近のマスコミ、なんとまあ弱腰というか度胸なしというか、相馬弁じゃ “どしょなし”(土性骨無しの意味か?)」って言うんだけど、こうした事態をただ拱手傍観してるって感じだね」
「報道の中立性とかなんとか分からないでもないけど。でもこのままずるずる変な方に向かっていくのではないか、とちょっと不安だね」
「領土問題、竹島の方は少し落ち着いてきたかな、と思ってたら、尖閣諸島の方はどんどん深みにはまって行きそうだね」
「たまたま今、美子が愛読していた『リツ子・その愛・その死』(新潮文庫、1986年、58刷)を初めて読み始めたところだけど、壇一雄がリツ子と幼い太郎を置いて中国戦線に赴くあたりのことが重なってきて、暗―い気持ちになってる。あんな厭な過去があったのに、日本人はすっかり当時のことを忘れてしまったんだね。それで唐突だけど巻末の解説で、私たち夫婦の連句の宗匠・眞鍋呉夫氏が書き抜いた、この作品の絶唱とも言うべき三つの文章を紹介したい。ぜひぜひ何度も読み直して欲しい。

日本全体が、いつのまに弱い惨めな装飾人情に溺れこんで終ったろう。戦争? 一体、何が何を撃つというのだ? 処世の人情に陥ちこんで終った種族に果して復仇があるか? 理想があるか?》(『リツ子・その愛』三)

この金銭というたわけたしれ物が、人類の生活に迷いこんできたのは何時のことだ? こいつが瀰漫していって、今日では仔細らしく徳義の基準になり、呪縛になり、あきれはてた暴威をふるっている》(『リツ子・その愛』四)

道徳。何の為の道徳だ。人が完全に生きることを願う為の道徳ではないのか?》(『リツ子・その死』八)

「凄いな。まさに今の私たちが日々反芻すべき言葉だ。さて話を続けよか。領土問題についての基本的な考えは前とまったく変わらず、むしろいよいよ自分の考えてた以外の解決方法はないと確信してる。でも一気にあそこまで、つまり領有権放棄まで持っていくのは無理だろうから、とりあえずの妥協策として、領土問題をひとまず、たとえば今後10年間は棚上げにする、というのはどうだろう。その間、両国がそれぞれ人員を出し合って共同管理組織を作る、海底資源その他の調査・開発も両国が完全に平等の立場で推進し、そこから得られる資源も完全に折半する…ここまでは先日の考えと変わりないが、今日もっと具体的な提案として、次のことを言いたいのだ。尖閣諸島や竹島の写真見た? 確かに台風の季節など大海の中に翻弄される一枚の葉っぱみたいな大きさだけど、でも素敵な島だよ。どうだろう、あの島に両国科学技術の粋を結集して大きな研修センターを建設するなんてのは? つまり先の海底資源などの調査などという生くさい施設を包摂するような超近代的な建物、つまり両国青年たちのための研修センター並びに娯楽施設を作る。何の研修だって? もちろん互いの国の言語や文化を学ぶため、そしてそこから両国の将来を背負って立つような優秀な人材を育成するセンターさ
「いいねいいね。それに安全に接岸できる港湾施設とヘリポートかな。竹島は真の意味の日韓パートナーシップの苗床、尖閣諸島は日中パートナーシップ揺籃の地。これこそ最高の安全保障、最高の防衛施設じゃなかろうかね。このくらいの夢を創出する政治家はおらんのかね?」
「何? そんなもの実現不可能な夢とおっしゃるのか? まあ何ともお粗末なオツムの持ち主たちよ。一度限りの人生、もっとデッカク生きんかい!」

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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