あんにゃげーだ

小学五年生の秋に北海道(帯広市)から相馬に移り住んだので、私の相馬弁は生粋のそれではなく、あくまで学習したものである。といって今では生粋の相馬弁などというものは存在しないのかも知れない。確か地元のインターネット上に「相馬弁保存会」とか「研究会」のようなものを見かけたことがあるので、そのうち探索してみよう。
 そうした本物の方言以外にもそれぞれの家庭や集団特有の、方言というより隠語に近いものもある。たとえば、「あんにゃげー」である。
 隣りの小高町 [現在の小高区] に母方の親戚がかたまって住んでいる集落がある。そこに母の従兄のSさんがいた(亡くなられてからかなりの月日が経つ)。たくさんの面白いエピソードの持ち主で、あるとき葬式に出かけようとして、家の人に厳重に注意された。「えーが、向こうさ行ったら決して笑うなよ」。思えばこの人に随分と意地の悪い注意をしたものだ。案の定、Sさんは葬式のあいだその忠告を思い出してどうにも可笑しくなってきた。腿をつねったり仏様の生前の真面目な顔を思い出そうとすればするほど、苦しいまでに可笑しさがこみ上げてきて、とうとう押入れの中に逃げ込んだなどの失敗話。
 このSさんが子供のとき、あんにゃ(兄のこと、ちなみに姉はあんちゃ)といっしょにお呼ばれして、さんざっぱらじんだ餅 [ずんだ餅と発音される。仙台を中心に食べられる青豆をつぶした餡を絡めた餅] を食わされた。そこであんにゃのわき腹をつついて言ったそうな。「あんにゃ、げーだ」。いつからか我が家でも、おなかが一杯のときに「あんにゃげーだ」と言うようになった。
                                                (2002/7/13)

アバター画像

佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください