投機と愛

「どうしたい、浮かない顔して」
「浮かない顔? 浮かないんじゃなくて本当は怒り狂ってるんだよ」
「体に悪いよ、怒ってばかりじゃ。君と僕の関係なんだから、何でも言ってごらんよ」
「それじゃ聞くけど、君、この世界は究極的にはどんな原理で動いていると思う?」
「なんだい、いきなり難しいこと聞くなあ。そうだなあ、そんなこと考えてみたこと無いけど、敢えて言うなら、物理的には万有引力の法則、エネルギー保存の法則、経済的には市場経済の原理(そんな原理ある?)、うーん、悪貨は良貨を駆逐するの原理……? 」
「分かんないんだったら無理すんなよ。といって僕が知ってるわけじゃないから、浮かない顔してるんだけどね。でも最終的にはこれか、という原理にたどりついた」
「なんだい、それは?」
「投機の原理、つまり英語で言えば speculation、スペイン語では especulación の原理」
「そんな原理ないよ。それにどうしてそこで英語やスペイン語が出てくるんだい?」
「別に知ったかぶりしてるんじゃないよ。でもね日本語で投機って言葉の意味君分かる?」
「機会に乗ずること。偶然の幸運や金儲けをねらう行為。市場の変動による差金を得るために行う取引」
「辞書を見たな。いや怪しいことは必ず辞書を引いてみるに越したことは無い。それはともかく、英英辞典が今手許にないので西西辞典で見てみると、黙考する、内省するという語意のあと、何かを用いて利益や儲けを得ようとすること、と出ている」
「それでなぜそれが世界を究極的に動かしているんだい?」
「現に動かしているじゃない。経済的なことに関しては君も知っての通り僕はまったくのド素人だけど、為替や株の動きはまさに投機によって変動してる。ということは政治が世界が投機によって動いてる、っていうことだろ?」
「だからそれがどうしたんだい?」
「それってものすごーく不真面目なことじゃない? 世界は誠実とか愛とか友情、あるいはせめて節約とか節制の原理で動いてくれなくっちゃ」
「………」(今回はここで時間切れよりもっと深刻な理由から中断させていただきます)

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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