暑い一日だった

トラだけは自然のままに育てたかった。つまり去勢など不自然なことをしないで。しかし三日ほど前、トラの口から涎が出ているのに気づき様子を見ていたが、昨日になってもいっこうに止まらない。風邪なら鼻水のはず。口内炎らしいと見当をつけ、しかるべき本を見てみると、いろいろ心配なことが書いてある。簡単に言えば猫エイズの心配。近くの動物病院に電話で相談してみると、口内炎だけでない場合があるのでともかく連れて来いという。この際治療だけでなく、しっかり検査のうえワクチンを打ってもらい、さらには去勢手術もお願いすることにした。獣医さんの話だと、この町にも猫エイズが多いという。
 朝方、家のバッパさんが、先日石屋さんに修築を頼んだ墓が出来上がったので見に行くと言う。隣町のはずれにある母方の一族の墓である。昼頃帰ってきたが、しばらくして、すぐ裏の産婦人科に点滴をうってもらいに行ってくっから、というインタホンからの声。出かけてからかなりの時間が経って少し心配になってきた頃、そこの医院から電話があり、突然意識が混濁してきたので近くのI病院に救急車で運ぶから先に行って待っているように、との連絡。突然のことで動転したが、ともかくバイクで駆けつけるとまもなく救急車で運ばれてきた。口の回りに血の混じった嘔吐物があり、ボロ雑巾のように担架の上に乗っかっている。これはヤバイと思った。しかし手を握って「バッパさん頑張れ!」と言うと「はいよっ」という素っ頓狂な答えが返ってきた。いろいろと検査がありその結果を待っていると、どうも熱中症らしく、熱が下がれば心配ないという担当医の説明。ともかく熱を下げ、絶食させて様子を見ると言う。明治生まれは根性だけは人に負けない。
 トラの方の検査も、結局は全てマイナス反応が出た。獣医さんの説明を聞いているあいだ、体中の筋肉が一瞬弛緩するような安堵感を覚えた。一晩外泊した弟猫を姉さん猫のシロが嬉しそうに迎えてくれた。
 さて、90歳の誕生日を迎えた当日にとんでもない体験を強いられたバッパさんだが、なんとか持ち直しそうだ。今回のことで少しは自分の強引さを反省するだろうか。いや、おそらくは今までどおり、人の意など忖度することなく強引に突っ走るであろう。それがあの人の取り得でもある。しかし無理をするのは人間だけ。動物は絶対無理をしない。無理すんなー、無理して死んだ人あっからなー。
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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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