いつのまにか春が

大熊の老人施設にいる義母が、年末から体調をくずし、すぐ隣りにある親病院に入院して点滴を受けていたが、まだ夕方になると原因不明の熱が出るという。それで昨日から四日間の休みで帰省している娘を連れて、今年最初の大熊詣でに行ってきた。大きく清潔な病院のナースセンターにある待合室に車椅子に乗せられてきた義母は、思ったより顔色が良く、熱は下がったそうだ。ただ集めたデータの分析がまだなので、いま暫く入院を続けるとのこと。
 実は以上の事情はいつも世話になっている施設の実に優秀なスタッフから聞いたことで、訪ねた病院のナースセンターには十人くらいの看護婦や看護士(現在はすべて看護士と言うのかも知れない)が詰めていたが、車椅子の義母を待合室に入れるなり、二十分近く経ってもなんの説明もないのである。もともと精神科の病院だから見舞い客は病室には行けないなど普通の病院と少し様子が違うのだが、それだったらなおのこと、初めての訪問者にもう少し丁寧な説明があっていい。
 「どなたか事情を説明していただきたいのですが」というこちらの少し怒り含んだ問いかけに、明らかに周囲の空気が変わったようだ。一人の看護婦があわててやってきて、「主治医が本日は休みで明日になれば詳しいお話ができるのですが…」との説明。こちらが強く出ない限り、まともな反応が無いというのは、困る、実に困る。このあたりの口調は「寅さん」映画の笠智衆のそれとお考えいただきたい。というのは、もって生まれたこの顔、特に目の大きさが、ときに迫力過剰で、本人はこれでもけっこう気にしているからである。
 つねづねバッパさんに「ほらほら、あのテレビのコマーシャルに出るおっかね顔した男いっぺ」と言われる。つまり酒の広告に出ている中尾某に似ていると言いたいのだ。山崎某や沖縄のシーサだったこともある。もちろんことわるまでもないが、これはなにも息子がいい男だと言っているのではない。目を剥いたみっともない顔だと言っているのだ。まっそれはともかく、その後に入院手続きの説明をしてくれた男性職員が実に丁重であったことで、この益体もない瞬間湯沸し器は急速に温度を下げることになったのだが…
 帰り道、どこといって説明はできないものの、空の色、丘陵や木々の色合い、そして空気までもが、すでに春の気配に包まれていることに初めて気がついた。新春とはよくぞ言ったものである。 (1/8)

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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