共に愉快に生きる

読みたいと思いながら読みそびれていた本をネット古本屋で簡単に見つけられるのは本当にありがたい。そんな一冊として読み始めた本の中で、次のような引用文にぶつかり文字通り震撼させられた。
 「すぐれた教育制度は三つの目的をもつべきである。第一は、誰でも学習をしようと思えば、それが若いときであろうと年老いたときてであろうと、人生のいついかなる時においてもそのために必要な手段や教材を利用できるようにしてやること、第二は自分の知っていることを他の人と分かちあいたいと思うどんな人に対しても、その知識を彼から学びたいと思う他の人々を見つけ出せるようにしてやること、第三は公衆に問題提起をしようと思うすべての人々に対して、そのための機会を与えてやることである(後略)」。
 これを引用しているのは、『インターネットが変える世界』(古瀬幸広・廣瀬克哉著、岩波新書、一九九六年)であり、引用されているのは『脱学校の社会』(I. イリイチ著、東京創元社、一九七七年)である。
 実はこのところ、イリイチの思想に非常な興味を覚え、邦訳された彼の作品をできるだけ集めて読んでいたのであるが、『脱学校の社会』のその箇所(140-141ページ)にはまだたどり着いていなかった。ともあれ、インターネットの可能性について日頃から漠然と感じていたことが見事に言い当てられていて、「目から鱗が落ちる」思いをしたのである。そう、これは従来の教育制度を根源から批判し超克した脱学校社会における教育の未来図であり、インターネットのあるべき方向性を大胆に予測した文章なのだ。
 今回、イリイチの思想の根幹にあるコンヴィヴィアリティ(自律共生)のための道具という考えに共鳴したハッカーたちがネットワークとパソコンを作り上げたことを初めて知った。70年代、クモの巣を意味するウェブという言葉を初めて大々的に使ったのもイリイチらしい。古瀬氏はコンヴィヴイアリティは、「いきいきと楽しみながらも、互いのことが目に入っているような節度のある楽しみ方」を意味するから、むしろ《共愉》と訳すべきだと言う。イリイチはもともとスペイン語の convivir(共に生きる)からの命名と言っているので、なるほど卓見である。
 そしてとうぜんこの《共愉》の理念はスペイン文化の根幹を成す《生》の理念に還流する。かくしてインターネットは、自分らしく生きるための道具となる。これは凄いことだ。
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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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