昼前、縦書き「モノディアロゴス」原稿のプリントアウトを終え、出版の検討を願いたい旨の手紙を入れて、宅急便で送った。賽は投げられた、というほど大袈裟なことではないかも知れないが、それでも一歩踏み出した、とは思う。ちょうど出しに行くとき、郵便受けに、Y先生、Iさん、N君、Kさんから手紙やはがきが来ていた。家に帰ってから読んでみると、いずれも先日送った最後の「モノディァロゴス」についてのものだった。今まで送ったものを大事に取っているということだが、考えてみればA4のコピー用紙が270枚ちかく溜まったわけだから、場所ふさぎになって申し訳ない気持ちもする。今度の話が順調に進み、本になった暁には、古紙として処分していただこう。果たしてどうなるか。
 明日から野馬追だというのに、どうも明日も天気が良くないようだ。昨年より気象条件としては悪い。一年一度のせっかく祭りなのに残念。思い切って夏の真ん中あたりに持っていって、仙台七夕、津軽ねぶた、秋田竿灯と一緒に「みちのく四大祭り」になればいいのに、と思うが、関係者たちは長い間いろいろ工夫してきたのであろう。それにしてもやっぱり天気が悪いのは痛い。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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