明後日がホームの夏祭りと聞いていたので、今日は昨日買っておいた花火二袋を手土産にした。ウメさんは、前回同様、今日も体調がよろしいようで、ベッドの上に横になっていたが、連れていった娘を見て、大いに驚き、かつ喜ぶ。「おばあちゃん、元気なんだから庭の草取りしなきゃだめだよ」といういつもの娘の冗談に、感極まって泣き出す始末。
運転の疲れを少しでも仮眠で補おうと、気持ちよい風が入るガラス戸の方を向いてうつらうつらしていると、背後でウメさんが何か二人に訴えている。妻も娘もよく聞き取れない。「食べ物?」「ここの人たちに何か頼みごとがあるの?」といろいろ聞き出そうとしているが、どうも分からないようだ。「じゃ、今度来るときまでゆっくり思い出して、そのとき遠慮なく言ってね」と言っている。
いま夜の十一時、バカなテレビ番組を見終わって、机の前に来たとき、ウメさんが言っていた言葉はたしかイノチミズではなかったか、と急に思い出した。妻が「飲み物なの?」と聞いていたので、下の言葉が「ミズ」だったことはほぼ確実だが、上のことばが「イノチ」だったかどうかは自信がない。でもたしか「イノチミズ」という変な言葉だったよな。待てよ、それはもしかして「洗礼」のことでは?
まさか。でもいつかも、何か言いたそうで、結局分からずじまいだったことがある。お金のことでも何かほしい「物」でもなかった。もしかしてあの時も、今日の「イノチミズ」のことではなかったか。義父が死ぬ前にペトロという名を貰って洗礼を受けたことは知っているはず。だから自分もいつか、と思っても不思議はない。もしも彼女が希望するなら、それをかなえないわけにも行くまい。私か妻が授けることも出来るが、ここは義父の場合のように、兄神父にご足労願おうか。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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