数日前の新聞のコラムに、今度の帰郷は二度目の土着化の試みであるといった趣旨のことを書いたが、正確に言うと三度目の試みかも知れない。いや待てよ、最初のもの、つまり小五から高校三年までのものは親に連れられてのもの、自分の意思からではないので、やはり二度目になるのか。要するに、うっかり忘れていたのだが、昭和42(1967)年、J会を退会して原町に戻ってきたときのことを思い出したのである。戻ってきたのはあの年のちょうど今ごろではなかったか。自分としては挫折とは思っていなかったし、今もそうは思っていないが、世間的には一敗地にまみれ、尾羽打ち枯らして故郷に逃げ帰ったと見られても仕方のない帰り方をしたときのことを思い出したのである。
翌43年の秋、つまり帰郷後一年にして結婚、そして翌44年秋には一度に二児の父親になり、このまま定職もないまま田舎で生活することは無理と考え、 45年の春、妻とそれぞれ一人ずつ乳飲み子を抱いて上京したっけ。つまり二年半の土着化の試みにしくじって、今度は故里を出奔したわけだ。波乱万丈とは言わないまでも、自分たち夫婦にもいろいろなことがあったわけだ。さてこの歳になれば、これが最後の「移動」であり、ここが終の棲家となるのが自然であろう。数年前までは考えても見なかった展開だが、自分も妻も現在の状況にすこぶる満足している。ボケになる速度をできるだけ遅くしながら、ゆったりと暮していこう。
と、ここまで書いてまた思い出したのは、その二度目の(本当は最初の)土着化を試みた二年半のうち、半年はF市にあった妻の実家での生活が入っていたことである。まだ子供が生まれないときのこと。しかし正直言うと、このあたりのことは今までしっかり思い出したことのない、もしかするとちょっと思い出したくない、いわば暗部であり、だから先日のコラム執筆時にこのときのことをつい忘れてしまったのだろう。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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