バッパさんの本棚を整理していたら、大井義典という人の『無の勝利』という詩集が出てきた。確かこの人から別の詩集を直接もらったことがあったと思い出し、階下の本棚を探し回ってやっと見つけた。『線』という簡素な詩集である。前者の発行は1972(昭和47)年、後者は1977(昭和52)年である。すると彼から『線』をもらったのは、1977年以降ということになる。著者略歴を見ると、生まれは明治33年、つまり1900年だから、そのころ 80歳だったのだろうか。しかし思い出の中の彼はもっと若かったような気がする。もちろんもう亡くなられたはずだが。
 ところで『線』の中に「線の思想」という随筆が挿入されており、その冒頭、ウナムーノの文章が引用されている。それがウナムーノのなんという作品からの引用かまだ調べていないが、たぶんバッパさん経由でウナムーノの存在を知り、その作品を読むにいたったのであろう。東北の片田舎で、しかもかなりの歳になられてからウナムーノの思想に惹かれ、そこからなにがしかの影響を受けた人がいたということ自体、嬉しいし、思想というものの普遍性に改めて感動する。生きておられたとしたら、今103歳。もう少し前に再会を果たしていたら、と残念に思う。この二冊の詩集をしばらく手元に置き、彼の想いをたどってみたい。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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