どうして丹下左膳に行き着いたのか。そうだ、最初は何気なく「相馬藩」のことをヤフーで検索したんだっけ。そこで左膳が中村藩士であることを初めて知ったのである。もっとも映画その他で有名になったストーリーの主舞台は相馬ではなく、江戸とか日光(柳生藩?)とかだと思うが、ただ出身藩が相馬中村だったとは驚いた。林不忘の小説で人気が出、1928年から1966年まで合計34回も映画化されたそうだ。主演俳優には嵐長三郎(のちの嵐寛寿郎)大河内伝次郎、月形龍之介、坂東妻三郎、水島道太郎、そして丹波哲郎、中村錦之助がいる。いちばんのはまり役は大河内伝次郎らしく、なんと 16回も演じている。
 実は左膳の映画を見たかどうかさえはっきりしていない。もともとチャンバラ映画はあまり見なかった。もちろん原作など読んだこともないが、なんだか読みたくなってきて、古本屋に『丹下左膳・魔像』という不忘の本を注文してしまった。さていざ届いても本当に読む気があるのかどうか。たしか下の本棚のどこかに、立川文庫の復刻版で『猿飛佐助』があるのだが、それも読んでいない。しかし昔、読まないまでも想像世界の片隅に確かに存在した剣士や忍者たち(そうだ、佐助以外にも霧隠才蔵がいたっけ)に会いたい気もする。
 ところで左膳て、実在した人物なの?

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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