昨夜、S市に住む兄から電話があり、車の買い替えのために(確かそう言ったと思うが)必要なので、戸籍謄本の付票をとって郵送してくれないかと頼まれた。日中そのことをすっかり忘れていて、四時ごろ、急に思い出して急いで市役所に行く。こういう用はいつまでたっても慣れない。案の定、兄は独身だからバッパさんの戸籍に入っているらしく、すると私の現在の本籍地は東京になっているので、持っていった印鑑一つでは足りないらしい。でもその受付け嬢は、拇印でも結構です、と親切に教えてくれた。近ごろ、民間よりもこうした公的機関の方が柔らかな応対をしてくれるので助かる。本当はこうでなくてはならないのだが。
 付票を待っているあいだ、ふと思い出した。ここの収入役はたしかS君でなかっただろうか。そうだ、いい機会だから寄ってみよう。
 S 君は小学六年の時の友人で、あのころ毎日のように一緒に遊びまわったものだ。I修道会から還俗してこの町に戻ってきたときも、何回か一緒に呑んだ記憶がある。彼には『途上』の「火の見の塔」に登場してもらったこともある。とつぜん訪れた私の顔を見て、一瞬分からなかったようだが、すぐに私を認めて喜んで歓迎してくれた。この町でもう一人旧友と再会できて、今日はいい一日だった。そのうち機会を作ってぜひ呑みましょうと約束して帰ってきた。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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