まだ間に合うべか

「敏雄さん、埴谷さんと比べっと、君仙子さんがやっぱりいちばん偉(えれ)―し、小高町にいちばん貢献してっと」
「それは人それぞれの評価あっぺけんちょも、誰がどれだけ偉いなんてことは一概に言えねーべ」
「なんでおめーいちいち人の言うことさ文句付けんだー。ばっち子 [末っ子] だから僻(ひが)んでんだべ」
「あらあらー、なんてこと言うだべ。時々俺がバッパさんのことを批判するのは、俺がばっち子であることと何の関係もねー。そうではなくて、ときどき人の良心にずかずか踏み込むような言い方することや、たとえば今日のようにセンターさ送り迎えすっとき、なんでありがとーと一言いえねーのかつうことだ。そこらの小学校のわらしだって、アリガトーと言うべー」
「心に思ってねーことただ形式的に口に出す方が変だべ」
「何言うだべ、心の中に思わねーつうことの方がもっと悪いべ」
「……どうしたらよかんべ」
「……そんなこと簡単だべー。できる範囲で努力したらよかんべ」
「これから間に合うべか?」
「大丈夫だー、まだ死ぬまで時間あっと。がんばっぺー」
いつもの通り「老人センター」に行く車の中での今朝のやりとりである。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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